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かしゃん、と音をたてて床に落ちたのは、真っ二つに割れたブローチだった。 吸い込まれるような深い漆黒のそれは、わずかに青みがかっていて光を反射する。 蓋が開いたその中には色あせた小さな写真がはめ込まれていたが、シェリルにはそれが誰なのか分からなかった。 数秒にも満たない逡巡の後、飛びのいた靴音に顔を上げると、青の騎士は苦笑いを浮かべてゆっくりと剣を放り投げて両手を挙げた。 「参りました。さすがはフロンティアの次期国王候補殿」 「な・・・」 まったく心のこもらない賛辞を受けて、シェリルはかっと激昂する。 つきつけた刃をそのままに、王子は顔を赤くして怒鳴った。 「ふざけるな。まだ勝負はついていない」 「いやあ、でもあなたは俺の剣を振り払ったわけですし。一瞬飛びのくのが遅かったら心臓をやられていましたよ。まだ死にたくはないですからね」 「まだだ!おまえの膝を床へつかせれば私の勝ち。私が剣を落とせばおまえの勝ち。そう言ったはずだ」 「命の次くらいに大事なものを床へ落としてしまいましたからねえ。それにほら」 と、目で壁をちらりと見やる。 つられてシェリルが視線を動かすと、映し出された映像の中で、アルト姫は小さく震えながら目に涙を浮かべていた。 「お姫さまには少々刺激が強すぎたようです。俺は姫を泣かせたいわけではないんですよ」 よく言う、と舌打ちして、シェリルは剣を鞘におさめた。 消化不良もいいところだ。この男はいったい何がしたいのか。 「ではアルト姫は返してもらおう」 「どうぞご勝手に。この壁を壊したらいかがです?」 「きさま・・・」 にやにやと笑う青の騎士に殺意を覚えて一歩踏み込んだが、ミシェルは意に介さず壁の方へと向かった。 何を、と目を見張るシェリルの前で、青の騎士はとん、と手のひらを壁にあてて握りこむように指を曲げる。 一拍の後、壁につけた握りこぶしのあたりから紫色の光が漏れ出した。 「なんだ・・・?」 光はやがて人の背の高さほどに大きくなり、中心へと向かうにつれて黒く変色していく。 ぽっかりと大きな穴が開いたように見えてシェリルは息を呑んだ。この男はやはり魔法が使えたのだろうか。 壁の向こう側で、ぼんやりした映像に映る姫は不安そうに胸の前で手を組んでいる。 「ここではない場所。ここからは遠い場所。誰もたどりつけない。しかし森にいる仲間はすぐ近くにいる。俺が言ったことを覚えていますか、姫?」 戦場は『こことはほんの少し離れた場所』である、と青の騎士は言った。 だからアルトは、自分がとらわれているのはガリアの森とは離れた場所であると思っていた。 だからこそこうして、森の塔と映像を繋いでいるのではないか。 ミシェルはゆっくりと拳を開いて見せた。その手の中にあったのは紫色の水晶だ。 「それは・・・。あの、魔法の石ですね?離れた場所と通信ができる、この映像の元となるもの。それがなぜこんな」 思わず手を伸ばしかけた腕をぎゅっと引き戻して姫が口を開く。 ミシェルは作り物のような笑みを浮かべた。 「これはフォールドクォーツ。次元を超えることを可能とする技術のひとつです。魔法、というにはいささか使い勝手にまだ問題がありますが。簡単に言えばこちらとあちらとの空間を入れ替えることができる」 「まさか、それでは」 はっとして、アルトとシェリルは同時に何かを言いかけて、飲み込んだ。 それを引き継ぐようにミシェルはうなずく。 「今俺とシェリル王子がいる場所と、アルト姫がいる場所。壁を超えて、われわれは今別の時空にいるのです。それが俺たち【ゼントラン】のネストのひとつでもある」 当たり前のようにそう言って、ミシェルは出現した穴に腕を差し込んだ。 「不思議でしょう?」 次元断層。 それが、いまのシェリル王子とアルト姫との間に立ちはだかる壁だった。 ++++++++++++++++++++++++++++++ ロッカーの中から物音がする、と言い出したのは、エキストラのひとりだった。 「しかもシェリルさんのロッカーなんですよう」 だから不用意に中を開けて確かめるなんてことはできなかったのだ、と彼女は半泣きになりながら訴える。 「いいわ、私見てくる」 「わ、私も行きます!」 「じゃあ私も・・・」 きっと顔を鋭くしたシェリルに、ランカとナナセも続いた。 「大丈夫かね女王様たちは・・・」 「うーん。とりあえずロッカー室の前で待機しておこうぜ」 まさか、泥棒や変質者の類ではないだろうな、とミシェルとアルトは緊張した。 こんなとき、まっさきに突入するべきなのだろうが、シェリルが行くといったら彼女は絶対に行くのだ。 そしてそれに続こうとすれば「この変態!」と殴られるのは必至である。 掃除道具入れから取り出したホウキやらちりとりやらを手にしてロッカー室へ入っていく三人を見送りながら、ふたりは微妙な表情を浮かべて、いつでも飛び出せるように構えた。 「もしかして、シェリルの衣装を破いたヤツかな」 「かもな」 でもなあ。 呟くミシェルは、だがそこで言葉を止めてしまった。 「緊張感ないよな」 なんだかなあ、と嘆息した。 そろそろ稽古も佳境に入るというのに、一向にラストシーンの決定稿が上がってこない。 不安極まりないふたりである。 PR |
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