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じゃあ今度はあっちね!
と、目の前をマクロスピードで腕が伸びて明後日のほうを指さした。ぶわっと風圧で前髪を押し上げる。つまり、あまりに接近しすぎて怖い。思わずつむってしまった目をアルトが再び開ける頃には、彼女は十歩ほど先をずんずん歩いていた。 「ちょ!待てよ!」 大きな声で叫んで、だが周囲にいる人々がざわっとこちらを振り返ったのに気づき慌てて足早に追いかけた。 早く!と両手をぶんぶん振っているシェリルの、子供っぽいしぐさは可愛いとも言える。だがひどく目立つ。アルト自身はそれほど自覚していないが、目立つ人物がふたりそろっていればいやでも目をひくというものだ。案の定、あれはシェリル・ノームではないかと人が集まりだした。 「やべっ」 このまま囲まれでもすれば容易に突破できなくなるだろう。それよりも彼女の過激なファンにボコボコにされるか。アルトは周りの騒ぐ声など聞こえていないかのように振舞うシェリルの腕を引っ張った。 「なによ」 「逃げるぞ」 「ええ?」 何から、どうして逃げるのと唇を尖らせて、腕を振り払う。 「私はあっちに行きたいの!」 「勘弁してくれよ。見ろって、おまえ目立ってる」 目立っているのはシェリルだけではないのだが。 「いいじゃない、別に」 「良くない!変に騒がれたらスキャンダルものだぞ」 「自意識過剰ね」 「違うって!」 馬鹿にしたようにふふんと笑うシェリルに、つい切れて怒鳴ってしまった。 だがこのまま人が集まりだして、そのうち写真など撮られたらたまったものではない。シェリルが芸能界で騒がれるだけならまだしも、アルトの素性が知れるのも時間の問題だろう。 何しろ実家がアレだ。能天気な芸能ニュースや新聞で、『銀河の妖精シェリル・ノームと有名歌舞伎俳優の長男白昼堂々デート!』などとこれまたセンスのかけらもない文字が躍るに違いない。 ぶつぶつ文句を言うシェリルを無視して彼女の腕をひき走るうちに、なにやら背後が不穏な騒ぎになってきた。ちらりと振り返ると嫌な予感は的中していたようで。 「おいカメラ!追え!」 「スタジオに連絡!このまま生中継流すぞ!」 「ちょっ、待ってください今繋ぎます」 報道用カメラを抱えた男が必死の形相で追ってくる。その後ろからはマイクを持ったレポーターらしき女性と、いかにも業界人と行った男が怒鳴りながら他のスタッフに激を飛ばしながら走っていた。 「げ」 「あちゃー。捕まっちゃったわね」 「はやすぎだろ!何でこんなところに報道カメラがいるんだよ」 一応ヒールを履いて走っているシェリルを気遣いながら、どこか隠れる場所はないかときょろきょろしながらアルトが怒鳴った。 「知らないわよ。とにかく撒くわよ」 「どこへ!」 「私に聞かないでよ!」 息を切らし、それでも傍から見ると口げんかをしているようにしか見えないふたりは、騒然としている周囲の目を振り切るように走った。 『えー、ただいま<お昼のフォルモ広場・今日のランチ>コーナーのため待機していた取材班が何か発見したようです。レポーターの山田さん?何かありましたか?』 「はぁはぁはぁ、こっ、こちら山田です!ただいま、フォルモ広場から場所を移動中です。ど、どうやらカメラがあの、シェリル・ノームさんを発見した模様です」 『シェリル・ノームさんをですか?オフで観光中なのでしょうか。何で走っているんですか?』 「はぁはぁはぁはぁ。それが、誰かと一緒のようでして、これはもしかしてお忍びデートではないかと推測されます、はぁはぁはぁ」 『え!それはスキャンダルですね!お相手はどんな方ですか?』 「そ、それが・・・・はぁはぁはぁ。カメラさん、映せましたか!?」 休憩室でまったりお昼のニュースなんぞを見ていたSMSの隊員たちは、なんだなんだと顔を上げた。おのおのコーヒーを飲んだり雑談したり、それぞれ休憩していたミハエルたちだったが、大画面に映された映像を見て同時に息を呑む。 走りながら撮ったため酔いそうなほどぶれているが、遠くで走って逃げる後姿は特徴がありすぎる。ひとりは美星の学生服を着ており、赤い紐で束ねた長い髪が揺れている。もし男子学生服でなければ性別の判断が難しいところだ。もうひとりはピンクがかったブロンドを揺らして、踵の高い靴を気にしながら少年に腕をひっぱられて必死で走っていた。 「・・・・・アルト姫?」 「・・・・・アルト先輩ですよね、あれ」 「どう見てもアルトだよな。ていうか、シェリル・ノームだぁ?」 ぽかんと口を開けるスカル小隊の隊長以下三人。 その他の隊員たちも唖然としてニュース画面を見つめていた。 彼らの思いはただひとつ。 「なにやってるんだあの新入りのお姫さまは?」 カメラはどこまでもしつこくふたりを追っていく。 途中で一度撒いたようだったが、フロンティアの報道センターは非常に優秀だった。 彼らの逃げる行き先を数箇所事前に予測し、それぞれにカメラマンを張り込みさせたのである。おそろしきはプロのパパラッチ根性。 一カメ、二カメと次々と現状報告が入りつつ、お昼のバラエティ番組『こんにちはフロンティア』はあたかも『密着!警察24時、生放送!』並の熱血番組へと変わっていた。スタジオも、今日のランチ情報だの、芸能人お洒落チェックだの定番コーナーを全て中止し、現場とカメラの切り替えが忙しない。 『ただいま渋谷まで来ております。どうやらこっちの方向へ逃げたのを見たと、視聴者から目撃情報が入ってきました。一度スタジオへお返しします』 「山田さん、ご苦労さまです。さて、シェリルさんと一緒にいた学生ですが、どうやらあの有名歌舞伎俳優早乙女嵐蔵十八世の長男であるらしいことが判明しました」 「うわ、ばれちゃいましたよ!どどど、どうしましょうミシェル先輩!」 あわわ、と両手を握ったり開いたりしながらルカが言った。食い入るように画面を眺めていたミハエルだったが、どうしましょうと言われても、アルトの素性がばれてしまったことは仕方ない。だがこのままだと捕まるのも時間の問題である。 ちらりとオズマの表情を伺うと、どこかへ電話をしていた。 「ああ、おまえあのシェリルの護衛担当していたんだろ?・・・ああ、そうだよ。ともかく騒ぎになるのはお互いまずいだろうが」 元カノと相談中らしい。 オズマの電話が終わるのと同時に、今度はミハエルの携帯が鳴り出した。着信元は騒ぎの渦中にいる人物だった。 「アルト!?」 思わず叫んで、周りの目が一斉に向いた。誰もが固唾を呑んで成り行きを見守っている。とは言っても九割方おもしろがっているようだ。 「今どこだ?え?SMSの近くに隠れているって?」 え、とルカをはじめ全員が声を上げる。 と、大画面の映像が切り替わり、SMS周辺を報道陣がうろうろしているのが映った。 『山田です。どうやらこの辺りでおふたりの姿が見えなくなりました。近くに潜んでいるものと思われます』 まるでなにかの犯人扱いである。 「裏口までまわれるか?いやそりゃあ関係者以外は立ち入り禁止だけど」 表向き運送会社と偽ってはいるが、一般人が立ち入りできるのは正面玄関とロビーくらいのもので裏口はSMSの隊員専用となっている。困惑したようにミハエルがオズマを見た。 携帯の通話口を手を塞いで、 「どうしますか?」 「あの、シェリルさんはアルト先輩がパイロットやってるのを知ってるんですよね。だったら秘密も何もないと思いますけど」 遠慮がちにルカが言う。 むむ、と腕を組んで考えていたオズマだったが、そのとき館内放送が流れた。ぴんぽんぱんぽーん、と間の抜けた音が鳴って一気に脱力する。何故か楽しげな声は操舵士、ボビー・マルゴのものだった。 『こちらブリッジ、艦長からの命令を伝える。至急ふたりを保護せよ。とのことでぇす』 ぴんぽんぱんぽーん。 「・・・・・・・・・・。ミシェル」 「はい」 疲れたように手を振ったオズマに、ミハエルは苦笑して敬礼をした。 「疲れた・・・・」 がっくりと腰を折って荒い息をするアルトに、同じように壁に寄りかかって呼吸を整えていたシェリルが言った。 「もう、こんなことになるなんて、面倒な人たちね!」 「面倒なのは、おまえ、だろうが!」 「なっ、なんで、すってぇ!?」 ぜぇぜぇ言いながらそれでも言い合いをやめないふたりに、ミハエルとルカは呆れて嘆息した。 「ともかく、ミス・シェリル。今はこの建物の周りを報道陣がうろついていますから、少しここで休まれた方がいいですよ」 「さっきグラス中尉から連絡がありました。車を関係者専用駐車場までまわすそうです」 「そう、ありがとう」 手の甲で汗をぬぐいながら、シェリルがにこりと笑う。 目の前で微笑む銀河の妖精に、思わずミハエルとルカも嬉しそうに笑みを浮かべた。不満そうな顔をしているのはアルトただひとりである。 「あちらの休憩室でコーヒーでもいかがですか」 そつのないミハエルの勧めに、もちろんシェリルは断る理由もなかった。興味津々で眺めるSMSの隊員たちに愛想笑いを振りまきながら、入れてくれたコーヒーを優雅に飲み込む。その向かいで、うらやましいような、嫉妬のような、からかうような、様々な表情で注目している隊員たちに居心地の悪さを感じながらアルトはぐったりしていた。 「でも困ったわね、明日の芸能ニュース一面トップになっちゃうわ」 「・・・ああもう、まじで勘弁してくれ。頼むから」 上半身を伏せたまま、腕の中でもごもご呟くアルトを冷ややかな目で見つめる。 「仕方ないじゃないこうなったら。大丈夫よ適当にごまかすから」 「大丈夫じゃねえ・・・」 自分が本当にただの学生であればまだいい。騒がれるのはシェリルだけだし、もしそうなったとしてもシェリルの敏腕マネージャーはうまく騒ぎを収めるだろう。 だが残念なことはアルトには数年前までの舞台に立ったときの映像データがある。あれがフロンティア中に流れでもしたら。 もう決別した過去だと割り切っているはずなのに、周囲はそうは思わないだろう。見られたくない姿が広まって笑いものになるに決まっている。 「確かにちょっと恥ずかしいかもしれないけど、恥じることでもないだろ」 そう言って、アルトの心を読んだかのようにミハエルが彼の肩を叩いた。 美星は芸能コースもあるので、普通に歌手もアイドルも一緒に授業を受けている。それはいい。デート現場をおさえられても、「同じクラスで仲のいい友人です」とでも言えばしのげるだろう。問題は相手がこのフロンティアの学生ではなく、シェリル・ノームだということだ。 「なによ、私が相手だと不満なの?」 アルトの学生生活などに興味はないとばかりに、シェリルはわざとらしく拗ねた顔で目の前のアルトの頭をつついた。 好奇の目にさらされながらだらだらしていると、かつかつと響きのいい靴音をたてて女性がふたり現れた。 「キャシー」 オズマが呟く。 キャサリン・グラスとシェリルのマネージャー、グレイスである。 「グレイス」 「心配しましたよシェリル。帰りましょう」 優しく微笑むグレイスに、シェリルは安心したようにうなずいた。 ごちそうさま、と一口分残したコーヒーを置いて、シェリルが立ち上がる。 「ご迷惑おかけしました」 にこりと笑うと隊員たちがいっせいに首を横に振った。 テーブルに肘をついたままむっつりとしているアルトの腕をひく。考え事に没頭していたアルトはとっさに対処できず、ごちんとテーブルに頭をぶつけて周囲の笑いを誘った。 「何するんだよ」 「ばーか」 ふふんと挑戦的に唇を上げて、立ち上がって何か言いかけたアルトの肩に手を置く。 ぎょっとして動きを止めた彼の頬に一瞬触れるだけのくちづけを落としたシェリルは、何事もなかったかのように手を振ってグレイスと一緒にその場を去って行った。 しんと静まり返る休憩室にはちっちっちっ、とデジタル時計の動く音だけが響く。 「・・・・・・・・・うわぁ」 スキャンダルだ。 誰ともなく呟くとルカは顔を赤らめて、次の瞬間訪れるだろう騒ぎを逃れるべくミハエルと一緒に休憩室を後にしたのだった。 PR |
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