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大きな鳥がはばたくような音がしてシェリルが振り返ると、何事もなかったかのように涼しい顔をしたミシェルがにやりと笑ってそこに立っていた。 慌てて剣を抜くが、それよりもどうやってここまで来たのか、ついさきほどまでアルト姫の近くにいたのではないのかと思考を巡らせる。 察したように、ミシェルは悠々と柱に寄り掛かって腕を組んだ。 「王子様のお相手は悪魔の方が物語として盛り上がるでしょう?黒い翼のある魔族の騎士、なんてどうでしょう」 「ふざけるな」 絞り出すようにうめいて、シェリルは外を見降ろしたい衝動に駆られたが、踏みとどまった。 「おまえは魔法が使えるのか」 「科学と呼んでほしいですね。似たようなものですが、どちらも万能ではない」 しゃり、と涼やかな音をたてて青の騎士は剣を抜いた。 壁に映し出されたアルト姫の青白い顔をうかがって、優しく微笑む。 「このどうしようもなく馬鹿馬鹿しい喜劇を終わらせたら、あなたにお話しましょう。かつて我々がどこで出会ったか。あなたはお忘れでしょうが、俺は今でも鮮明に思い出すことができる、あのときの幸運を」 「馬鹿馬鹿しいだと?神聖な決闘を侮辱するか!」 始まりの合図もない、ここには審判などいないのだ。 剣を抜く動作そのものが笛の役割を果たしているのだから。 シェリルは、とん、と羽ばたくように軽く床を蹴って剣を突き出した。 軽薄な男の軽口など一掃してしまえばいい。様子見のつもりで、だが加減などするはずもなく騎士の胸元を狙ったが、余裕で振り払われてすかさずあとずさった。びぃん、と刃が鳴る。 シェリルの持つ剣は過剰な装飾もつけられておらず、どう見ても一般に武器屋で売られているような代物だった。だが代々続く王家の宝には魔力が宿っているという。 第一継承者には王冠を。第二継承者には剣を。 どちらも黄金で作られたわけでも宝玉が埋め込まれているわけでもない。 (真に必要なものはそんなものではないのだから) 一方、ミシェルの使う剣は細くしなやかで、剣術試合などで用いられるものに、刃を改良したものだった。 こちらも、決闘と言うにはあまりにも緊迫感がない。 滑稽だな、とミシェルはシェリルやアルト姫に悟られないようこっそりと笑みを浮かべた。 滑稽なのは、決して「馬鹿馬鹿しい喜劇」ではなく、誰にも悟られぬことを得意とする自分の心が、いつの間にか自身にも見え辛くなっていることだ。 国のためだとか。仲間のためだとか。 何を偉そうに。 激しい動きでずれそうになる眼鏡をそっと押し上げて、真正面から睨み返してくるシェリル王子の瞳を見つめた。 自分が余裕のある嫌な笑みを浮かべている自覚はある。 だがシェリルもアルト姫も気づかないだろう。 分厚く着込んだ服の下は熱を持ち、汗を流していることなど。 (男ってのはさ、姫) ちらりと、柔らかな映像の向こうで青ざめた顔でこちらを見守るアルト姫を見た。 そんな顔を見たいわけではないのに。 「意地を張るのが性分ですよねえ?」 「何をごちゃごちゃ言っている!」 ぶん、とその細い腕に似合わない勢いで持ち上げられた剣が頭上すれすれのところを襲った。 素早く身をかがめて地面を蹴り、次の攻撃が間に合わないだろうことを予測して柄を握る。 「これで、終わりだ」 「シェリル王子!」 ミシェルがにやりと笑うのと、アルト姫が叫ぶのは同時だった。 「恨みっこなしだぜ、王子さま」 +++++++++++++++++++++++++++++++ ふわりと空を飛ぶ頼りないリボンを目で追いながら、少年は眩しげに目を細めた。 高くそびえる王宮、足取り軽く行き交う人々。一糸乱れぬ行進でメインストリートを抜けて行く兵士たち。風に揺れる、フロンティアの旗。 何もかもが美しく、また幸せそうだった。 その片隅でうごめく暗雲など微塵も気づかない城下町の人々は笑顔で王と政治と軍を讃える。 平和で良い国だと。それが永遠に続くと信じて。 「嘘ばっかりだ」 ひょい、と背を延ばして落ちてきたリボンを掴んだ。 薄くも丈夫な布なのだろう、織目細かく色は深い赤で、上品だった。派手ではないが地味でもない。 安物ではないだろう、と勝手に見当をつけて握りしめる。どこから飛んできたのか。 「待って、」 か細い、今にも泣きそうな声がして振り返る。 少年は唖然として、間の抜けた顔で立ち尽くした。 「お姫さま?」 物語で伝え聞くだけのそれをつい口にしてしまったのは、その声の主の正体を知っていたわけではなくただ想像する「お姫さま」が姿かたちを伴って現れたからだと、少年は後になって幼馴染に笑ったのだった。 PR |
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