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今からそちらへ参りますよ、と口先だけは丁寧に言い放ち、青の騎士の姿が消えた。
それを追いかけようか一瞬逡巡し、アルト姫はしかし頼りない映像の向こう側で呆然としているシェリルを放ってはおけなかった。 それに追いかけようにも、ミシェルの姿はすでになく、ただかつかつという隠しもしない足音が扉の向こうへ消えていくのみで、もはやアルトにできることは何もなかった。 「シェリル王子」 「・・・・・・・・・・」 うな垂れているシェリルにかける言葉が見つからず、アルトは唇をきつく噛んだ。 手を伸ばせば届きそうな距離なのに、その姿はお互い幻なのだ。 王子の顔色は青白く、今にも倒れそうなほどだったが、ふとわずかに見上げた瞳に曇りはなかった。 「申し訳ありません姫。私は、私は無力すぎる。あまりにも浅はかで無知だった。御伽噺のように、さらわれた姫君を悪の手から颯爽と救い出す勇者にはなれないのだな」 「お顔をお上げ下さいシェリル王子。こうしてあなたは私を救いに来てくださったではありませんか。お父様や兵士たちを説得するにも障害はあったでしょうに」 だがその時点で騙された。 国王の精鋭部隊がはじめから【ゼントラン】のスパイによって構成されていたのか、それとも年月をかけ、怪しまれぬよう人員を増やしていったのかは分からない。 ただ、それをアルト姫には告げない方がいいだろう、とシェリルは思った。 それはつまり、トクガワ国王の無力さをつきつけることになる。 (この国は弱すぎる。アルト姫が女王に即位したとして、何と荷の重いことだろうか) 隣国にはギャラクシーが。 国中に【ゼントラン】が。 そして軍内部にはクーデターを企む不穏分子が。 平和なフロンティアの影にひそみ、誰も気づかないまま侵食していく。 「姫。私はご覧のとおり、情けない大馬鹿ものです。それでも私はあなたと、あなたの愛するこのフロンティアを守りたい。いや、守ってみせると誓いましょう。全身全霊を尽くし、剣となり盾となり、生涯をあなたとフロンティアに捧げましょう。あなたはこんな私を笑いますか」 第三者からすれば、嘲笑ものだろう。 何を子供のようなことを、とあしらわれて終わりだ。 だがアルト姫は、灯りの加減によってはわずかに金にも見える瞳を瞬かせると、笑顔を浮かべた。 「ええ、私は嬉しいときや楽しいときにしか笑いませんもの」 「アルト姫・・・」 ごくりと唾を飲み込んで、シェリルは狼狽する。 そんな王子の素の表情に、アルト姫は軽やかに声をたてて笑った。 「父上は、私が本当に嫌なのであれば、婚約は取り消すと言って下さいました。けれど私は自分の立場もあなた様の立場も、これからのこともきちんと理解しております」 「アルト姫、それは」 慌てて何かを言おうとする王子を制して、姫は続ける。 「ですが、私たちのような立場の人間がおかしなことを思われるかもしれませんが、やっぱり、シェリル王子、私はあなた様からの言葉が欲しい」 決められたからではなく、お互いがそう望むからなのだという確かな証拠が欲しい、とアルト姫は言った。 アルトの両腕が上がって、ふたつのてのひらがこちらへ向けられる。 つられるようにシェリルは腕を上げててのひらを同じようにかざした。 ぺたりと冷えた壁の感触がもどかしくて涙が出そうになるが、物理的に隔てられているとしても、アルト姫のてのひらのぬくもりが伝わるようだった。 「あなたを愛しています。私の花嫁になって下さいますか」 もっと、もっと近づきたい。 そう願うかのように、額をこつんとつけた。 見上げるとアルト姫の顔がまじかにあり、彼女も額を壁にあてて、はっきりとこう答えたのだった。 「喜んで、シェリル王子」 「だから出て行かなくて正解だったろう」 「はあ・・・」 くすりと笑って片目をつむってみせたカナリアに、ルカは嘆息した。 (こんなことしている場合じゃないのに) そんな心の声が聞こえたわけでもないだろうが、カナリアは落ち着いた笑みを浮かべた。 「ここから先は男と男の一騎打ちだ。誰にも邪魔はできん」 「それは・・・ええ、そうですね」 しかし我が主であるシェリル王子が負けることなど、万に一つもないとルカは思った。 「でも驚きました。殺されるんじゃないかと」 「おまえも賢いようでいてなかなか間抜けだな」 「・・・・ひどいです」 恨めしげに言って、しかし確かにそのとおりだと気落ちする。これが普通の悪漢であればすでに命はなかっただろう。 「僕を止めたのは、邪魔をさせないためですか?」 これだけの精鋭がそろっているのなら、シェリル王子を囲むことも簡単だろう。だがそうしないのは、彼らの仕事がシェリル王子をどうこうすることではなく青の騎士のために彼の歩く道を舗装しておくことだからなのだろう。 「ついでに邪魔なハエも追い払えたことだし」 「邪魔なハエ?」 「これは一応、おまえたちのためでもある。結果論だがな」 「はあ」 分かったような分からないような。 微妙な顔で首を傾げるルカに母親のような慈悲深い笑みを見せた後、カナリアはふと天を仰いだ。 「そろそろ来るな」 何が来るのだろう、と空を見上げると、見たこともない大きな鳥が羽を広げて飛んでいるのが見えた。 やがてそれは風に乗ってゆっくりとこちらへ近づき、塔の屋上へと舞い降りる。 「鳥じゃない」 呟いて、とっさにルカはそれを追って駆け出した。 カナリアは止めなかった。 PR |
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