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すっかり人気の途絶えたホールを横切りながら、オズマはちらりと隣りを歩く女を見た。褐色の肌に、目を奪われるほどの豊満な胸元。よく訓練されていることがひと目で分かる引き締まった体を白衣で覆っている。
「悪かったな、こんな時間までつき合わせちまって」 「別にかまわん。それになかなか上等な酒だった」 当直の部隊以外寝静まったSMSの建物内で、空になった酒瓶を両手にふたりはくすりと笑う。 「それにしてもあの新入りがきてからやけに騒がしくなったな」 「あいつなぁ。黙っていればまだ可愛げもあるんだが」 「そうか?私はあの血気盛んなところも嫌いじゃないぞ。青臭くていいじゃないか」 「ガキっぽいっていうんだよ」 本当にミハエルと同い年だろうか、と疑ってしまう。どうかするとルカの方が大人に見えるのはどういうことか。 少女のように可憐な容姿とは裏腹にやけに男らしい性格の早乙女アルトは、入隊以来オズマ率いるスカル小隊のムードメーカーになりつつある。本人は意識していないだろうがいつもどこからかトラブルを引き寄せているように見えてならないので、牽制したり宥めたり叱ったりとこのところ忙しい。もっともその役割の大半を担っているのはミハエルだったが。 とりとめのない会話を打ち切り、そろそろ帰ろうとしていると、ふいに人の気配がして立ち止まった。と同時に足元に何やら小さな袋が転がってくる。 「なんだ?」 カナリアが拾ったそれを見つめて眉間に皺を寄せた。目をこらすと、ビスケットの袋のようだ。封は切られておらず、誰かが捨てたとも考えにくい。 「何でこんなところに・・・」 首を傾げて眺めていると、となりでオズマがのぞきこんできた。 「ん?それって・・・」 何か言いかけてしばらく考えていたが、ふいに離れた場所から声が聞こえた。 「はなせよ!」 「ちょっ、大声出すなって」 「オズマ、今の」 「ああ」 付近が静まり返っているためよく響くひそめたふたつの声は、切迫しているように聞こえた。 オズマとカナリアは目を見合わせると、次の瞬間には声のするほうへ走って行く。聞き間違いでなければ、片方の声はついさきほど話題に出たトラブルメーカーそのもののようだ。もうひとつの声は低く抑えられているためはっきりとは分からないが、知っているように思える。 足元を照らすだけの頼りない電光を頼りにカフェテリアへ続く廊下を抜けると、そこだけ明かりのついたカウンタの向こうで押し問答をするふたつの影があった。どうやらもめているようだ。 「おい、そこで何をしている!」 怒鳴って駆け寄ると、ふたつの人影はびくりと震えて離れた。カウンタにおしつけられていた背の低い方が細い息を吐く。 「ほら見つかった」 「おまえが騒ぐからだろ!」 「…ミハエル?」 ふたりの顔を確認したとたん、どっと脱力して、オズマはがっくり肩を落とした。こんな真夜中でも部下に振り回されるのか。 カナリアが気の毒そうにオズマの肩を叩き、ふたりに向き直る。 「こんな時間に何をやっている」 まさか腹をすかせて冷蔵庫でも漁っているのではないだろうな、と顔をしかめると、ふたりは同時にばつの悪い表情で頭をかいた。 「いえ・・・そのぅ・・・こいつが」 「はァ!?なに人のせいにしてんだよ!もとはと言えばおまえが悪いんだろ!」 「違う!アルトが言ったんだぞ、昨夜このあたりで変な人影見たって。それでわざわざ張り込みしてるんじゃないか」 「そうだよ!その張り込みの最中に調子に乗って変なことするおまえが悪いんだろ!」 再び口論をはじめたふたりに割ってはいるようにして、オズマが両手を広げる。何がなにやら理解不能だが、ともかくうるさい。昼間の騒ぎと変わらない大きさで言い合いを始めるものだから、そのうち全員起きてくるのではないかと思うほどどエスカレートしていた。 「分かったから落ち着け!そもそもなんだ、変な人影って」 促すと、アルトはややうつむいて唇を尖らせた。むくれた子供のようなしぐさについカナリアは笑みを浮かべる。 「・・・昨日の晩、水を飲もうとしてここにきたら、ごそごそしてる白い人影が見えたんですよ。誰だ、って声かけたら逃げたから怪しいと思って。それで今日張り込んでまたそいつが来たら捕まえてやろうと思って・・・」 「で、俺もじゃあ付き合うって言って」 「そしたらこいつが、いきなり・・・」 そこまで言って口を噤む。全く意味不明だったが、その後はあまり聞かないほうがいい気がしてオズマは話題をずらした。 「外部の人間が侵入できる場所じゃない。とするとSMSの誰かがここで夜食でも探していたんだろう」 「だったら逃げるか?絶対怪しい!」 まるで聞き分けのない子供のように、適当に束ねただけの髪を振り乱して怒鳴るアルトの表情に、彼の直属の上司は叱る気も失せて嘆息した。 「ともかく、不審者が入り込める余地などない。気にするな」 「お姫さまはお化けだと思ったのかな?」 「はァァァ!?いるわけないだろうそんなもの!」 大げさなほどオーバーリアクションで振り返って、からかうミハエルをきつく睨み上げた。しかしそのまなざしはきついものの、うっすら上気した顔で言われても何の効果もないことにアルトは気づいていない。 オズマとカナリアは同時に、ああ、とうなずいた。 「おまえ怖いんだな」 「違う!」 「でも俺が<じゃあ俺も付き合おうか>て言ったらほっとした顔したじゃないか。本当はひとりじゃ怖いんだろ。俺が申し出なかったら無理やり付き合わせるつもりだったんじゃないのかなーアルト姫は?」 「うう・・・」 違う、と反論しそびれたのか、アルトは喉の奥でぐるぐると唸って黙ってしまった。 これ以上つつくと非常に面倒なことになりそうだと思ったので、ひとまず彼をからかうのはこのくらいにしておこうとミハエルは肩をすくめて苦笑する。 「まあともかくだ」 取り直すようにカナリアがアルトの肩を叩いた。 アルトはほっとして彼女の冷静な顔を仰ぐ。 「深夜の冒険はそのくらいにして、今日はふたりとももう寝ろ。何時だと思っているんだ。明日も学校だろうが」 「・・・はい」 本当は怪しい人影などどうでも良かったミハエルは、素直にうなずいてアルトの右腕を軽く掴む。隣りでむっつりとした顔をしていた友人は、不服そうにしながらも渋々うなずいた。 乱暴にベッドにダイブしてこちらに背を向けたアルトに、ミハエルはやれやれと眼鏡を押し上げた。どうやら不審人物を捕まえられなかったばかりか弱点をつかれたことにひどくご立腹らしい。 「おまえが幽霊怖がるなんてな」 からかう風でもなく、ミハエルはアルトのベッドの端に腰をおろして、さらさらの青い髪を撫でた。 これがいつもの嫌味な調子であれば起き上がって怒鳴るところだったが、やけに優しい声音だったので怒るタイミングを失ってしまった。それよりもあんなところでキスしたことを謝ってほしい。確かに、少しばかりスリリングで気持ちが高揚したけれど。 飽きる様子もなく頭を撫でるミハエルの方へちょっとだけ頭をずらしてみると、彼はにこにこ笑いながら今度はアルトの頬に手を当てた。 「幽霊が怖いんじゃない。得体の知れないものは不気味だろ。それが人間でも何でも」 「ふうん。ま、そういうことにしておいてやるよ。でも冷静に考えても食料をあさる幽霊なんてコメディだよ。隊長が言ったみたいに、多分誰かこっそり夜食でも探していたんだよ。あんまり気にするな」 「・・・でも」 目をそらしてもごもごと反論するアルトに、息がかかるほど顔を近づけてミハエルは言った。 「次から夜中に喉が渇いたら俺を起こせよ。ついていってやるから」 「ひとりで便所に行けない子供じゃあるまいし」 言って、でもあまり変わりないと気づき馬鹿にしているのかとむっとする。 「夜勤組はあそこ使わないんだよな。いつも誰かがいたら気持ち悪くもないんだが」 白い額にくちづけながら呟くと、くすぐったい、と下でアルトがみじろぎした。 「今日は一緒に寝てやろうか」 「ばかやろう」 もうどけよ、とのしかかってくるミハエルの胸を両手で押しやって、今度こそ壁を向く。 「言っとくけど本当に、怖くなんかないからな!誤解するなよ!」 「はいはい」 「不審者を捕まえようとしただけだからな」 「分かったって」 ちっとも納得していない口調で適当に返事をして、また怒鳴られないうちにさっさと上のベッドへよじのぼる。舌打ちが聞こえてくすりと笑ったが、しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。 おまえなぁ、と呆れた表情でオズマはカウンタに腰掛けた。 「だぁってダイエット中なんですもの。みんなに今ダイエットしてるの!て言ってるからばれないようにこっそりきてみたんだけど」 ばれちゃったわ、と気まずげに微笑を浮かべるのはSMSの操舵士、ボビー・マルゴである。恥らう乙女のように顔を赤くしてちらちらとオズマの表情を伺っている。 「何で私が隠れてるってばれたの?」 「このビスケット。いつもおまえが食ってるやつだろ」 ほれ、と突き出した袋に、ボビーは驚いて体をくねらせた。 「そんなことまで知ってるなんて・・・」 デカルチャー。 目をキラキラさせたボビーに、オズマはなぜか背筋が寒くなって頬を引き攣らせた。 「とにかく、あまり不審な行動をとるな。目撃したアルトが可愛そうだろうが」 「ごめんなさーい」 カナリアの言葉に軽く謝罪すると、ボビーはひらひらと手を振りながら、ふたりの前から去って行く。 「でもあそこであのふたりがラブラブしていたなんて、言わない方がいいわよね」 なかなか良いものを見てしまった、とにやにやしながら、もしこのことを知ったらオズマはどんな顔をするかしらなどと想像して愉快な気分になるボビーであった。
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