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人工的に制御されているとはいえ、火照った体をくすぐる風が気持ちいい。
ひとしきり低い空を飛んで、満足したところで制服に着替えたアルトはひとり屋上にいた。つい数十分前まで一緒に行動していた仲間たちはいまごろ門をくぐっているだろう。今日はどこぞの人気の屋台で新作のクレープがお披露目なのだと嬉しそうに笑っていたから、全員そちらへ流れて行ったに違いない。いい年したしかも男がクレープ。もちろん、大勢湧いてくるだろう女の子目当なのもあるだろう。 初日限定三十パーセントオフはアルトにとっても魅力的な誘いだったが、それよりもひとりになりたかった。 SMSに正式入隊してから、ひとりになる時間というのは見る間に減っていった。それまで一人暮らししていた場所から宿舎へ。SMSの中にはどこにでも人がいる。部屋はミハエルと同室だし、食事をするときもトレーニングをするときも常に誰かの目があった。慣れたとはいえ今でも若干の煩わしさがある。 それまではただ飛行するのが目的だった学校という場所が、いつのまにかぼんやり考え事をする大切な場所になってしまった。もちろんそれはアルト自身が望み、また覚悟したことであって、文句を言うのも筋違いである。それに部屋では寝るとき以外ほとんどミハエルの姿はない。忙しい訓練の隙を見ては女の子とデートを楽しんでるのだろう。そういう、自由に遊ぶ時間をうまく使うのも大事なのだとミハエルはしたり顔で説いていた。おまえももっと空いた時間を楽しめと、からかっているのか本気で心配しているのかはわからないが、よく言われる。 「そんなこと言われてもなあ」 片膝を抱えるようにして背を丸めて、溜息を吐く。 今何がやりたいか、と問われれば、迷わず空を飛びたい、と答えるだろう。 この青い空がどこまでも続いていれば。 この、色のない風がもっと優しい音で吹いていれば。 もう何も欲しいものなどないのだろうか。 ふと背中に人の気配を感じた。振り返りはせずに、相手が声をかけてくるか、それともそのまま去って行ってしまうか任せてしまうことする。 けれど、この、拒絶してるオーラでも感じ取ってどこかへ行ってくれよなどと無茶なことを考えていると、足音は隠そうともせずこちらへ向かってきた。 心の中で舌うちしながら振り返ろうとすると、急に背中を抱き込まれて一瞬混乱する。 「なんだよてめえ!」 腕を振り上げて突き飛ばそうとして、だが視界いっぱいに金色の髪と緑が飛び込んできて思わず動きを止めてしまった。 「危ないなあ」 「ミハエル!」 せりふとは裏腹にのんびりした口調で笑って、ミハエルはアルトの背中を抱きしめ、すっぽりと自分の体でアルトを抱え込んでしまった。ぴたりと体がはりついて、服で隔てられているはずなのにひどく熱くなる。鼓動がばくばくと大きな音をたてはじめたのを悟られないようにとアルトは声を上げた。 「暑苦しい!邪魔だどけよ!」 「やだね。誰も見てないよ」 「そういう問題じゃない!」 確かにこの屋上は基本的にパイロット科以外は立ち入り禁止で、もうこの時間から飛び立とうとする生徒はいないため誰もこないと思われる。だが問題はそんなことではない。閉鎖されていない広い空間でこうして密着していることが恥ずかしくてたまらない。高いところから見下ろしているモニタが監視しているようで不愉快だ。流れてくる音楽がよく知ったものであるなら、なおさら。ここがふたりが寝起きする狭い部屋ではないのだと主張しているようで。 「暴れるなって。髪がくすぐったいよ姫」 「なら離れろよ。だいたいおまえ、今日デートじゃなかったのか」 「違うって。告白されただけ。もしかして俺が毎日デートしてるとでも思っているのか、アルト姫?」 「告白ね。ふうん」 そりゃお盛んなことで、と憎まれ口を叩いて唇を尖らせたアルトに、ミハエルは苦笑して白い頬をひっぱった。 「あにすんだよ!」 ぱしっと手を振り払われ、睨まれた。 「一年の芸能科の子でさ、来月デビューするっていうから。新人アイドルが男と付き合ってたりするのはまずいんじゃないかなって断ってきた」 「あっそ」 自分には関係ないし、と冷たく言い捨てて視線を外すと、邪魔なミハエルの腕をおしのけてポケットから白い紙を取り出した。それがテストのメモ用にと教室に常備されているものであることに気付いて、ミハエルは眼鏡を押し上げる。メモ紙なのにいっさい何も書かれていないのは使用方法を間違えているせいだ。 「ありえない勢いでメモ用紙が減っていくのはおまえのせいか」 「いいだろ、どうせゴミになるんだし」 資源の無駄だぜ、と笑って、床に置くと器用な手つきで折り曲げていく。 「紙飛行機は資源の無駄ではないのかな、お姫さま」 「飛ぶために使うのは無駄じゃない」 「どういう理屈だ」 「じゃあ、俺が楽しいから無駄じゃない」 「・・・・ああ、なるほど」 納得するような、しないような。 微妙な顔をするミハエルを無視して、大きく羽を広げた小さな紙飛行機を手に狙いを定めた。顔をあげるとミハエルの顎にごつんとぶつかる。 「痛いよ姫」 「うるさい」 邪魔するなよ、と目を細めると、二千で終わる青空へと飛ばした。 「あれに乗れたらいいのになあ」 アルトがぽつりと呟く。ミハエルはそっとアルトの腹に両手をまわして抱きしめると彼の頭に触れるだけのキスを落とす。 「意外とメルヘンチックだね姫は」 複座型なら乗ってもいいけれど、と思いながら、風に乗って上昇する紙飛行機を眺める。 いつか、暗い宇宙ではなく青い空をどこまでも飛べたら幸せだと、あの紙飛行機に乗ってはしゃぐ姿を想像して目を閉じた。 PR |
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