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【2025/04/20 03:59 】 |
Daily life

 いや何ていうか、これは本当にすまなかった。
 と、非常に珍しいことに、アルトが頭をかきながら謝罪の言葉を口にした。ちゃんと目を見ていいなさい、と説教したい気分だったが、謝っただけ進歩したなと苦笑する。
 そもそも早乙女アルトという人物は、根っからの箱入りで育ちはいいが実家を飛び出して自活していただけあってそれなりに世間常識は知っている、はずである。それでも中学までは何かと守られるようにして生きていたから、周囲に対する警戒心が薄く無防備だ。天然とでもいうのだろうか。
 パーソナルスペースが狭い。
 沸点が低く感情的。
 口が悪いのは厳しいしつけの反動だろうか。
 服装がだらしない。これも親の厳しいしつけの反動か、わざとやっているようにも見える。
 素直じゃない。度を過ぎるとさすがの俺もイラッとくるのだが、それにも慣れてしまった。
 どうやら、思っていることをそのまま口に出す場合と、逆に思っていないことをぽろっと言ってしまって後でこっそり反省することもあるらしい。
 これも友人として付き合い始めてから分かってきたことで、はじめは何て性格の悪いやつだと思っていた。
 きっと好きな女性ができても素直に好きだの愛してるだの、絶対言えないだろう。損なやつだ。

「で。これはどういうことかな、アルト姫?」

 にこりと笑って、ひしゃげたテンプルを持ち軽く振るとアルトは気まずそうな顔で唇の両端を下げた。
 愛想笑いのひとつもすれば可愛くない性格も可愛く見えるだろうに、これもまた損なところ。
 こいつが爆笑しているところを見たことがあっただろうか。
 俺が落とし穴にでもはまれば腹を抱えて笑ってくれるかな。

「いや・・・それが。朝慌てて鞄にテキスト詰め込んでて机の上漁ってたら、置かれてた眼鏡がこう、すぽーんと」
「飛んでいったわけ。へぇ。眼鏡に羽がはえてたなんて初めて知ったよ」
「俺の不注意でぶッ飛ばしました」

 ぱしーんと手が当たって、とんでっけーしてしまいました。
 ごまかすように擬音を連発しながらしどろもどろに説明して、ちらりと上目遣いで様子を伺う。
 そのしぐさがいたずらを叱られた子供そのもので、思わずぷっと吹いてしまった。
 見る間にアルトの顔が赤くなる。

「笑うなよ」

 せっかく素直に謝っているのに。そう言って恥ずかしくなったのかぷいとそっぽ向いてしまった。
 小学生並である。どうしよう、あんな外見で散々周りで色っぽいだの女みたいだの抱いてみてーだの言われているくせに、色気のイの字も見えない俺。

 言っておくが、男に欲情するほど飢えていないし、そもそもいくら美人だの姫だの言っていてもこいつに妙なことしたいとか、思ったことはない。
 ないはずだ。当たり前だ。脱いだら俺と同じものついてるんだぞ。
 ちらっとやつの下半身を見てついため息をついてしまった。

「ともかく、それけっこういい値段するんだぞ。特注品だし」

 普通の眼鏡と違ってわざわざ視力を下げるためのものだ。その辺の眼鏡屋で売っているものではない。
 見えすぎることが日常生活に支障をきたすなんて、厄介な話だ。
 逆矯正しているのだと最初にアルトに話した時、おもしろいほど不思議そうな顔をしたっけか。
 あの顔は最高だった。ぽかんと目を口を開けて思考が一時停止。思わず写真をとろうと携帯をとりだしたがタッチの差で睨まれてしまった。
 美人が間抜けな顔をしたときは本当に笑える。たまに寝ているときよだれが垂れているのもおもしろい。本人は気づいていないだろうが。
 そのうちアルト姫のおもしろ顔コレクションを作ろうと思っている。

「弁償する。どこに行けばいい?」
「ま、いいけどね。弁償はしなくてもいいけど、じゃあオーダーしに行くとき付いてきてくれよ」
「いいよ弁償する」
「おまえのその、少ない給料で?」
「う」

 下っぱの新人が受け取る給料など微々たるものだ。
 アルトの場合、学費は奨学金をもらっているので全て免除されている。これは首席の俺も同じこと。自活しているときの生活費は、貯蓄していた舞台にたっていたときのギャラとバイトで賄っていたようだ。SMSに入隊してからの生活費は保障されているので、眼鏡代金のひとつやふたつ払ってもらっても良かったのだが。
 アルトも同じことを思ったらしく、でもそのくらい払える、と言いかけたが俺はそれを制した。

「それより買い物に付き合ってほしいんだけどね。金より時間もらう方が贅沢だろ?」
「・・・・はあ?」

 俺の高度な口説きテクニックは予想どおりこいつには通じなかったらしい。分かってやっている俺も気持ち悪い。
 その後俺たちはなんだかんだと他愛のない会話をだらだらしながら、食事をとることにした。


*****************************************************************


 こうしてふたりで街をぶらぶらと散策することは少なくない。
 ルカを交えて三人で行動することも多いが、俺とアルトは選択したほぼすべての学科が重なっているからやはり一緒に行動することが一番多い。
 くたびれた鞄を肩から斜めがけにして、両手をポケットに突っ込んで歩くアルトの姿を見ながら半歩遅れてついていく。
 なんでお前が先に歩くわけ?こういう、あまり、というよりほとんど周囲を見ないのが我まま姫と呼ばれる(俺が呼んでいるのだが)所以である。すれ違う人が驚いたように振り返るのも、女の子が一瞬立ち止まるのも、あいつには見えていない。意識して見ないふりをしているのかと思ったが、やっぱり彼の視界には入っていないようだ。もったいないというか、鈍いというか。
 ちらりと視線が交わった可愛い女の子ににこりと笑いかけながら、ずんずん歩くアルトの腕を掴んだ。

「そっちじゃない。こっち」
「え?」

 なぜかびっくりしたように振り返る。ふわりと長い髪が風に揺れて、赤い結紐が鮮やかに踊った。きれいだと思う。慣れていなければ思わず見とれてしまうほどに、奇跡のような美しさだ。
 と、そこまで考えて俺はぞっとした。うわ俺、気持ち悪い。

「なんだよ変な顔して」
「失礼な奴だな。この俺をつかまえて変な顔とは」

 揺らいだ感情を抑えこんで、笑った。
 いつもの癖で眼鏡を押し上げようとして今日はかけていないことに気づく。
 ああそうか、余計なことを考えてしまうのは余計なものまで見えてしまうせいだ。つまりはアルト姫のせい。

「この路地抜けたところにオーダーメイドの店があるんだ」
「へえ。なあ、俺も眼鏡かけたら似合うかな」
「おまえが?」

 なんでだよ、と笑って、姫が眼鏡をかけた姿を想像した。似合わない、ことはないと思う。美人は眼鏡をかけようが鼻眼鏡をかけようが、美人に変わりはないだろう。

「その目つきの悪さがカバーされていいかもな」
「なんだとぉ!?」

 拳を握って迫ってくるアルトの肩を抱え込んでげらげら笑った。
 これほど距離を近づけても嫌がらないのは、俺だからか、それともそこまで気が回らないのか複雑なところだ。俺なら、男にべたべたされていい気もちはしないのだが。
 ふいにアルトが黙りこんだ。肩を組んだままちらりと見やると、すぐそばに切れ長の目がこちらをのぞきこんでいて、彼の瞳に俺の顔が映っている。

(近い、近い)

 誰のせいだ、ああ俺か。

「どうした姫?俺の美しさに惚れたか?」
「ふっふざけんな」

 慌てて腕を振り払い、鼻息荒く一歩距離をとる。

「ただ、眼鏡をかけてないおまえの顔ちゃんと見るの初めてだなって」
「そうだっけ?風呂とか、寝るときとか外してるじゃないか」
「でも風呂とか寝るときにまじまじと観察なんかしないだろ」
「そりゃそうだ」

 そんなことができるのは、一晩同じベッドで眠る彼女くらいのものか。いや一緒に風呂に入ったりはしないけれど。
 あと寝顔を人に見られるのは嫌いだ。おそらくアルトは俺の寝顔などほとんど見たことはないはずだ。逆ならもう数え切れないほど見ているけれど。

「な、アルト。眼鏡かけてる俺とかけていない方、どっちがカッコイイ?」
「はァ?」

 うわ、思い切り嫌そうな顔しやがって。傷つく。
 歪んだ顔は美人だけど不細工だ。これもおもしろ顔コレクションに追加したい。だがカメラを構える暇もない。

「そうだな」

 どうでもいい、という答えを待っていたが、アルトは立ち止って腕を組むと真剣に考え出した。おそらく彼の脳内で、ふたつの俺の顔がうつしだされているに違いない。おもしろいので答えが出るまで放っておいた。割りとくだらないことに頭を悩ませるやつだ。

「やっぱいいつものがいいか」
「ふうん。なんで」

 腕を組んで仁王立ちしたまま、アルトが首を傾げる。胸から下は男らしいがそれより上はまるでクイズの難問に挑戦する少女のようだ。への字口なのが残念だが。

「その方が嫌みっぽく見えるから」

 うん、と勝手に納得したようにうなずいて、俺の返事を待たないまますたすたと店の方へ歩いて行く。

「おいおいおい。そりゃどういう意味だよ」

 追いついて並ぶと、アルトはすっと目を細めて軽く舌打ちした。
 その癖やめろってもう何度も言っている。
 新人のくせに人の話を聞こうとしなかったり、面倒だと思うとこうして舌打ちしたり。
 軍に行かなくて正解だ。あっちはSMSの何倍も厳しいし、上の目の届かないところで下っ端がどんな目に合うかなんて誰でも大体の予想はつく。それがこんな女みたいな顔していればなおさら、いじめられるか、下手をすれば暴行事件勃発だ。殴る蹴るではすまないだろう。
 はじめは反対したが、最終的にこいつのSMS入隊を認めたのも軍に入られるといろいろと面倒だと思ったからだ。そんな俺の気遣いなんてこれっぽっちも気づいていないだろうが。もちろん気づかれても困る。
 だからと言ってSMSで横柄な態度をとってもいいというわけではないが、そこそこうまくやっているのは気のいい連中におもちゃにされながらも気に入られているからだろう。からかうとおもしろいのは俺とのやりとりで実証済みだ。
 いつものように「下品だぞ」と注意して言葉を待つと、アルトは目をそらしながらどうでもよさそうに吐き捨てた。

「おまえの視力が良すぎるからかもしれないけどさ、なんかフィルター通してないと何でも見透かされそうで嫌なんだよ。気持ち悪い」
「おまえさらっとひどいな」
「おまえ相手に取り繕っても仕方ないだろ!」

 悪いか、と逆切れして今度こそ俺をおいてさっさと行ってしまった。
 あれ、いま嬉しいこと言ってくれなかったか?
 気のせいか?
 ぐるぐる回る頭をかいて、後を追う。
 俺ってどれだけ気持ち悪い人間なんだよ。





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【2011/10/24 21:12 】 | 短編 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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