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待て、と勢いで青の騎士の腕を掴んだシェリルは、次の瞬間奇妙な感触に体が覆われていることに気づいて小さく悲鳴を漏らした。 まるで体が霧へと姿を変えたかのような、溶けてこのまま空気と混ざり合い消えてしまいそうな感覚。 ぞっと吐き気がして思わず空いた方の手で口を覆う。だがそれも一瞬のことだった。 ぎゅっとつむっていた目を再び開くと、そこには見覚えのない暗い場所で、頼りない光がぼんやりと辺りを照らしていた。 目の前に現れたドレスの裾に気づき、知らぬ間に床に両手をついてしゃがみこんでいたシェリルはゆっくりと顔を上げる。 「・・・アルト姫」 「王子!」 手を延ばしても届かないところにした姫にようやく生身で再会したのだった。 立ち上がり、その細い体を抱きしめようとして、ふいにすぐ近くで気配を感じて振り返る。 そうだ、どうしてこの存在を忘れる事ができようか。 「感動の再会はいかがですか、王子さま」 相変わらず人を皮肉ったような笑みでミシェルが言った。 「招待もしていないのに勝手についてくるなんて、少々行儀が悪いですね。あなた王家の人間でしょうに」 「きさまに言われる筋合いはない!」 アルト姫をかばうように手をのばした。 「勝負はついた。姫は返してもらおう」 条件を提示したのもそちらのはず、と険しく睨めば、ミシェルはまるでさきほどの決闘などなかったかのような爽やかな笑みを浮かべながら、前髪を払った。 「『俺がこの床に膝をつけば、晴れてシェリル王子はフロンティアの次代女王陛下の婿に。あなたが剣を落とせば、アルト姫は私の花嫁に』ええそのとおりです。でもその前に」 シェリル王子の背に隠れたアルト姫をちらりと見て視線を配ると、いつの間にか姫の背後に出現した穴から女がひとり現れた。 ぎょっとして姫とシェリル王子が振り向き、シェリルははっと目を見開いた。 「おまえは、カナリア」 いつの間に、と尋ねる暇もなく、カナリアがアルト姫の細い腕をひっぱった。 「あ」 「姫!」 慌てて差し出すシェリルの手は見事に空振り、アルト姫の体がミシェルの腕に納まる。 「勝利者には姫の唇を奪う権利を」 「ふざけるな!勝利したのは私ではないか!」 「決闘の勝利者だなんて言ってませんよ。ほら、最後に姫をその手にした者こそが勝利者だと思いませんか?名誉や誇りなどというものはあなたに差し上げますが、ひとりの女性の存在はなにものにも変えがたい」 「ああもう、めちゃくちゃだ!」 「本当に」 ぼそりと呟いたのはカナリアの後ろから現れたルカだったが、もはや誰の耳にも届いていないようだった。 「もう決して、俺はあなたの前には現れないでしょう。ですからどうか、昔に交わした約束を今、ここで果たしてください」 「・・・え?」 きょとんとする姫の頤をそっとすくって、青の騎士が目を細める。邪魔な透明のガラスを投げ捨てて、ミシェルは何故か甘い味のする姫の唇に自分のそれを重ねた。 ++++++++++++++++++++++++++++++++ 見るからに自分とは違う世界の人間なのだと少年は思った。 一瞬怒りにも似た感情が胸を熱くしたが、それ以上に目の前の可憐な少女は美しかった。 「返して」 それ、と白い手を差し出す少女に、ミシェルは動けずに呆然と立ち尽くした。 このリボンはおそらく、相当値打ちのあるものだろう。 売ればいくらになるだろう、と考える。 そしてこれを奪って逃げることは簡単だ。少女の体つきや着ているドレスから判断して彼女が追いかけてくることはないだろう。仮に追いかけてきても逃げ切れないはずがない。少女は走ったことすらないのではないだろうか。 「お願い、返して」 目に涙をためながら少女が繰り返す。近づいてこようとしないのは、警戒しているからだろうか。 (それとも、こんな薄汚れた下賎の人間には近づきたくもないって?) この綺麗なものがほしい、と思う反面、ひどくもやもやと暗い思いがかけめぐる。 自分にはないもの。決して手に入らないものが目の前に立っている。 「・・・じゃあ」 返すから、とミシェルはリボンを差し出しながら、 「キスをして」 意地悪を言ってみた。 「・・・え?」 「君は貴族だろう?尊い人はお礼をするときは相手にキスをするんだって、聞いた」 嘘である。 ただ、偶然見かけた書物の絵に、それは豪華なドレスを身にまとったあでやかな女の手の甲に、男がひざまづいて口づけるさまが載っていただけだ。 「でも、お父様に叱られる」 「内緒にしておけばいいだろう?それともこのリボン、返して欲しくないの」 「・・・返して。それはお母様の形見なの」 「じゃあキスを」 リボンを持つ手をさらに差し伸べる。 その手の甲に口づけてみせろ、という意味だったのだが、少女のとった行動は予想外だった。 彼女は一瞬ためらってその手をやわらかな両手で包み込むと、正面から目を見て言った。 「いずれお礼はします。だから返してください」 自分はこのフロンティア王国第18代国王トクガワの娘、アルトである。必ずお礼はするからリボンを返して欲しい。 そう名乗る姫君に、ミシェルは唖然としたままリボンを取り返され、そしてその後放心したように身動きできずにいる彼をクランが迎えに来たときにはすでに日が暮れて、白亜の王宮がオレンジ色に染まっていたのだった。 PR |
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