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【2025/04/19 06:05 】 |
やりすぎ

「早乙女アルト、16才。美星学園高等科パイロット養成コース在籍。彼女なし」
「彼女なしは関係ねえだろ!」

 すかさず突っ込んでおいて、アルトは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 鉄格子のはまった小さな窓。狭く殺風景な部屋にガタのきいたテーブルと椅子。向かい側には目つきの悪い男が疲れた顔をしてため息をついている。
 もうひとり、くたびれた背広の若い男がその斜め後ろに立っており、しきりにメモをとっていた。ちなみに「彼女なし(ざまあみろ)」もばっちり記帳ずみである。
 部屋の入口にある小さな机にももうひとり男が座っており、こちらでもなにやら真剣にペンを走らせているが、何をそんなに必死になって書いているのか不明だ。どう見てもこちらの会話を聞いているようには見えない。自作のポエムとかだったらどうしよう、とちょっとだけアルトは思った。やたらページをめくっているのが気になる。
 それにしても古めかしいというか、レトロだ。わざとだろうか。おそらくわざとだろう。雰囲気も大切だ。きっとそのうちカツ丼とか牛丼とか勧められるに違いない。飯はさっき済ませたばかりだが、奢ってくれるというのなら食ってやらないでもない。育ち盛りの高校生の胃袋なんてブラックホールのようなものだ。

「それにしてもねえ、ちょっとやりすぎだよねえ」

 短い鉛筆で耳の上をかきながら、男…刑事は机の上に肘をついた。
バランスの悪い脚ががたりと鳴る。

「確かに正当防衛ではあるけどね。顔面に肘鉄喰らわせた後投げ飛ばして気絶しているにも関わらずみぞおち踏みつけて泡吹かせたって?死んだらどうするんだ」
「俺は悪くない」
「いやだからね、やりすぎなんだって」

 ふい、とそっぽむいたアルトの長い髪がふわりと揺れる。枝毛の一本もないだろうまるでシャンプーのコマーシャルに出てきそうなそれをなんとなく眼で追ってしまって、刑事はわざとらしく咳ばらいをした。
 遠目に見て駆け付けるまでは本気で少女だと思っていた。
 が、地面に転がっている男を容赦なく踏みつけながら悪態をつく様はチンピラとそう変わりない。ちょっとばかり異様なほどの奇麗な顔で、ちょっとばかり珍しいロン毛なだけで、ああなんだ男だったのかとほっとする一方、がっかりしたのだったが。

「鼻の骨折れちゃってたよアレ。ついでに肋もイッちゃってるって病院から連絡きたし。
それだけ格闘強いんだったら、床に転がせておくだけで良かったんじゃないか?」

 一応アルトは<被害者>なので、言葉づかいもそれとなく丁寧ではあるが、アルトの傍若無人な態度にそろそろイラついてきたようである。
 鉛筆でこんどは机をコツコツと叩きながら刑事はちらりと壁時計に目をやった。

「遅いねえ」

 これからまだ保護者に状況説明をしなければならない。いくら成人しているとはいえ、まだ学生である。
 聞くところによると彼はあの有名な歌舞伎俳優、早乙女嵐蔵の長男というではないか。きっとおそろしく厳しい父親がうるさく怒鳴り散らすに違いない。うちの大事な息子がなんちゃら、とか。こんなところに監禁したあげく乱暴な尋問なんかしてこのヤロォォォ、とか。
 言われるに決まっている。
 さてどうしたものか、と鈍く痛む胃を抑えていると、外からノックの音が聞こえた。すぐさま若い方の刑事がドアを開ける。やっと保護者が到着したようだ。

「あー。面倒かけてすみません」
「あ、お父さんですか」

 それにしては若く見えるしあまり歌舞伎俳優には見えないが、と思いながら右手を差し出したが、迎えにきたその保護者は握手をしながら引き攣った笑みを浮かべた。

「違います」

 

 

 

 

「はあ、代理人の方ですか」
「オズマ・リーです。SMSの事務方をしておりまして」

 さきほどから目を合わせようとしないアルトを睨みながら、オズマは答えた。
 のんびりと仲間たちと昼食をとっているところにミハエルから緊急通信が入ったのは三十分ほど前のことだった。何やら要領の得ない話しぶりで、慌てているのか何かごまかしているのか微妙なところだったが、どうやら後者だったらしい。
 アルトがちょっと面倒なことに巻き込まれた、警察で保護したから迎えに行ってやってほしい。
 ちなみに自分はこれからデートなので行けません。
 そんな内容である。警察で保護された友人よりデートが優先なんて冷たい奴だなミハエルは。そう思ったが、事実、面倒事に巻き込まれたくなかったのだろう。

「そして上官におしつけたと」
「でもほら、ミハエルだと身元引受人になれないし」

 目をそらしながらぼそっと呟いたアルトを拳で殴っておいて、無理やり頭を下げさせた。

「人さまに怪我をさせたようで申し訳ありませんでした。喧嘩ですか?」
「え?いや、痴漢ですよ痴漢。変態です」
「はあ?」

 ミハエルには、「アルトが他人を怪我させて警察に補導された」としか聞いていない。
 完全にアルトが悪いことをしたのだろうと思いこんでいたが、そうではなかったらしい。

「彼は被害者なんです。一応」
「一応じゃないだろう!完璧に俺は被害者だろ!!」

 憤然と立ち上がって抗議するが、オズマにおしもどされて再び椅子に腰を下ろす。

「いや確かに、公園のベンチに座っていたところ知らない男が隣りに座って体を触ってきたというのは痴漢以外のなにものでもないのですが。あそこまで再起不能にしなくても」
「半殺しですよ半殺し」

 若い刑事がペンを振りながら口を挟む。なぜか満面の笑みを浮かべていた。

「まあ、死んだわけではないですし、相手も反省していますから。
それはもう鬼に殺されかけたとか何とかわめきながら怯えているようでして」
「…はあ。何か、いろいろすみません」

 こちらが加害者のような気がして、オズマは深々と頭を下げた。

「なんでこっちが謝らなきゃいけないんだよ。気色悪い思いしたのは俺なんだぞ」
「五倍にして返しただろう?それじゃあ、今日のところはお引き取り頂いて結構です。この書類にサインを」
「え」

 不貞腐れた態度でぶつぶつ言っていたアルトが不思議そうに振り替える。

「カツ丼食わしてくんねえの?」
「…あつかましいぞおまえ」

 そろそろ気づいたことだが、どうも顔と性格のギャップに問題があるようだ。
 オズマはうつろな目で笑う刑事と、満面の笑顔で敬礼する刑事と、血走った目でペンを走らせる不審な人物に向かってもう一度頭を下げた。

 

 

 

 
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【2011/10/24 21:06 】 | 短編 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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