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SMS内に取調室なんてあったのか。 私はものめずらしげにきょろきょろと周囲を見渡した。 狭い部屋に、窓には鉄格子。がたがたと足のなる机に、椅子がニ脚置いてある。 入り口のすぐそばには机と椅子。ドラマの世界だ。 きっとここで、怒鳴る刑事とそれを宥める優しい顔をしているつもりの刑事がいて、その向かいに犯人がふてくされた表情でそっぽ向き、苛立った刑事が机を叩くか下品に蹴るかして犯人に殴りかかり、もうひとりの刑事がそれを止めるのだ。 パターン化されすぎて何のおもしろみもない。 そしてその光景が、今まさに目の前で繰り返されようとしていた。 もう一度繰り返しておくがここは民間軍事プロパイダーであり、表向き、引越しから他船団への空輸まで請け負う運輸会社であって断じて警察ではない。 「ちょっと調べれば分かることだ。確かに掲示板に人の名前を騙って投稿するのはできないことじゃない。特にSMSの隊員はパスワードがすぐに察しつくからな。これについては広報部に後で文句を言っておく。だが誰でも名前を騙ることができるからこそ、誰でも犯人の可能性はあるからここから絞り込むのは面倒だ。だがもうひとつのくっだらねえ落書きがまずかったな。あんなことができるのは格納庫でヴァルキリーに近づいて作業していても怪しまれない整備員しかいない」 肘をついて、得意げに語るオズマの後ろにはミシェルが何故か愛想笑いを浮かべて立っている。 だが、私はそれが本物の笑顔でないことに気づいていた。だてに幼馴染みをやっていない。ミシェルは笑顔という仮面をはりつけることで人と壁を作ることに慣れているのだ。 本音を隠す天才だとでも言うのだろうか。その仮面がはがれるのはジェシカの件くらいだろうか。ああ、あとは・・・。 オズマの勢いに気圧され、うなだれて沈黙したままの犯人は、やがてぽつりと呟いた。 「だって・・・あんたは俺の姫を・・・・・」 「『俺の』?」 「姫ぇ?」 オズマとミシェルが同時に、眉間に皺を寄せて声を上げる。 「俺の姫を・・・シャワー室で襲ったじゃないか!あんな、あんな破廉恥な・・・」 「おいちょっと待て」 慌ててオズマが腰を上げようとした。 ミシェルはきらりと光る眼鏡を押し上げ、納得したような顔をした。 「つまり、腕っ節では隊長に勝てないから、あんな真似をしたと?」 「仕方ないだろう!鍛え方が違うんだから!!」 だからといってバルキリーに落書きするか? 犯人の男は肩を震わせて、目に涙を浮かべた。うるうるさせてもちっとも可愛くない。 「ちょっと待て、じゃあの姫のシャワーシーン・・・盗撮したのおまえかァ!!」 がしゃーん。 ミシェルが怒鳴ると同時に、おもしろいほどに軽々と机が浮いて、床へと沈んでいった。 これがかの有名なちゃぶ台返しというやつか。いつの間にこんな技を見につけたのだろう。 日本特有の、由緒正しき伝統なのだと昔ジェシカが言っていた。 何て美しい一発芸。惚れ惚れする。 「このド変態野郎が!」 「ちっ違うあの写真は買ったんだ!盗撮したのは俺じゃない!!」 「・・・買った?どこから」 「それは」 男はおどおどと目線を上へやったり下へやったりしながら、口ごもった。 「メモリスティックですか?」 きょとん、と目を丸くして、彼はごそごそと机を漁り始めた。 山積みになったファイルや書類が雪崩を起こしてばたばたと床へ滑り落ちていくが、慣れているのかまるで気にも留めない。 SMS回覧を担当している広報の男はしばらくそうやって捜していたが、私たちがしびれを切らせ始めたところへあった!と大きな声を上げてそれを掲げた。 「これです」 「それがルカから渡されたやつか?」 「ルカ?ああ、備蓄倉庫の管理システムについて新しいプログラムを組んでもらったので、その記事と簡単な説明ファイルですが」 「じゃあこれは?」 ほれ、と、パソコンのキーボードの上にぽつんと置かれている、同じ色形をしたメモリスティックをミシェルが手に取った。 「あ、それは」 「ふーん。妙だなあ。なんでわざわざ極秘、だなんてシール貼ってるわけ?おかしいよな」 本当に極秘データなら、そんな阿呆なことはしないだろう。 誰でも盗み取れるようなところに置いてそんなシールが貼られていれば、ちょっと魔が刺したやつなら誰でもこっそり持っていくことができる。 仮にも民間軍事プロパイダーとして特殊な訓練やプログラムを受けたSMSの中尉ともあろう者が、そのような子供みたいな処置を施すわけがない。 「このシール見たことあるぞ。確か子供用菓子のおまけだな」 腕を組んで、オズマが身を乗り出しながら言った。 菓子とおまけどちらが本当のおまけなのか分からない、そんな商品ならスーパーで見たことがある。 しかし一発でそうと分かるオズマが何だか気持ち悪い。だが追求するのは後にしよう。 「ちょっと失礼」 「あ」 すかさずミシェルがそれを彼のパソコンに差し込んだ。機動音がしてモニタがニ、三回揺らぐ。 開いた『再生しますか』のパネルにOKの指示を出してしばらく待っていると、写真と思われる画面の、小さなサムネイルがモニタいっぱいに映し出された。 「なにこれ」 「・・・・・・これ、アルトばっかじゃないか」 「本当だわ。じゃあやっぱり」 「違う!これは、」 言い訳しようと男が腰を上げた瞬間、激しいノックと同時に失礼します、という声がして扉が開いた。 「ルカ」 「あ、みなさんおそろいで。どうしたんですか」 「おまえこそ・・・」 そうだ、このメモリスティックは、じゃあルカがこいつに渡したものとは別物なのか? それを尋ねる前に、ルカはパソコンに突き刺さっている極秘シールのついたそれを目に留めて、あああ、と両手を挙げた。 「それは・・・」 「・・・・ルカ、この持ち主はおまえか?」 「えーっと。厳密には違いますけど、中尉にそれを渡したのは確かに僕です。でも何でそんなこと知ってるんですか?」 ・・・つまり、私が目撃したあの場面でルカが彼に渡したのは、確かにただのSMS回覧のデータだったようだ。 そうすると、こいつは実に間の悪いタイミングでここへ現れたことになる。 「どういうことだ」 説明してもらうぞ、と私たち四人の視線を受けて、ルカは困ったように苦笑した。 おそらく誰もが不思議に思っていることがある。 【どうしてルカ・アンジェローニはそれほどまでに早乙女アルトに懐いているのか?】 確かにアルトの飛行技術はなかなかのものだ。芸能コースからパイロット養成コースへ編入し、たった三ヶ月で単独飛行までこぎつけたのだからもともと才能はあったのだろう。 だが、それよりもずっと早い段階でルカは空を飛んでいたのだから、憧れなどという感情が沸くのはよく分からない。 むしろそこは嫉妬するところではないのか? あのルカがそんなどす黒いものを抱えているとはあまり思いたくないが、あのミシェルでさえ実は密かにライバル心を持っていることは私も知っている。 いつ自分を追い抜いてしまうだろうと恐れながら闘志を燃やすのはいいことだ。お互いの成長に繋がる。 だがルカはそうではないらしい。ただ単純に懐いている。まるでご主人様にじゃれつく子犬のようだ。 「いやだなあ、僕が盗撮なんてそんなことするはずないじゃないですかぁ」 ぷう、と頬を膨らませてルカが抗議する。 何だか私たちの方が彼をいじめる悪人のようで、ちょっぴり胸が痛む。 これが計算だとしたらもうSMS内で彼に適う者などいないのだろう。あのオズマや艦長でさえルカには弱い。 まだ子供だから、まだ未成年だから、見かけが幼いから。本当にそれだけだろうか。 無邪気なようでいてなかなかに大人びた性格のルカが素の表情を見せることはめったにないと言っていい。 これでもこいつはLAIの技術顧問なんてやっているのだ。末恐ろしい世の中である。 「私たちも、そう信じたいわ。説明してくれる?」 キャシーの表情も何だかいつもより穏やかなのはきのせいではないだろう。 もしかして年下好みなのだろうか。いやしかしオズマとは全然違うような。 待てよ。そういえば彼女は今婚約者がいると言っていた。レオン三島とかいう、大統領の首席補佐官だ。 といっても私は面識はないし、テレビで見るレオンはあの奇抜な髪型しか印象にない。 あとはなんだかねっとりした感じ。何がねっとりなのかは分からないが。 まあいいか。 「そのメモリスティックは確かに資料として借りました。欲しいものは手に入ったので、次にまわしたんです。その相手が中尉殿です。ね?」 「そうです」 「分からん」 資料とは何のことか。オズマが天井を見上げて息をぶつけた。 ルカは珍しく焦ったようにきょろきょろとしながら、自然とミシェルと目が合ったようで、ミシェルが観念しろという風に唇の端を持ち上げて見せたのでルカはピンク色の頬を微かに膨らませた。 「SMS回覧と同じようなものです。あ、そのメモリスティックに限らないですよ。あまり公に知られるとちょっと支障があるものとか、必要な人にだけにまわすんです。それは写真だったり極秘開発プログラムだったり色々です。でも確かに個人のプライバシーを流用したりしたのは事実です、ごめんなさい」 泣きそうな顔をうなだれるルカに、おそらく誰しもが内心焦ったに違いない。 ああ見かけがいいと得だなあ。確かアルトに対してもいつも同じことを思うっけ。 私は見かけに関しては損をするばかりなのに。 「何に使う気だったんだ?」 「・・・そのまま使おうとは思っていませんでした。ちょっと加工して、ぱっと見アルト先輩だとは気づかないようにするつもりで」 「何を?」 ・・・そういえば。 「ええと、なんて言っていたかしら・・・このままだとばれるので適当に処理して合成?するんだとか」 ボビーが言っていたのはこのことだったのか。 「実は僕の二番目の兄がアルト先輩の熱狂的なファンなんです。と言っても歌舞伎の女形をやっている先輩なんですけれど。しかもファンになったのは最近で」 諦めたようにぼそぼそと語りだす。 「過去の舞台の映像を見て一目惚れしたんだとか。でもアルト先輩はもう舞台を降りちゃったでしょう?残っている映像のデータも多くないし、同じものばかりを見ている兄が不憫で」 「不憫てオイ」 財閥の兄弟の割に、アンジェローニ家は仲が良いようだ。 金持ちの家族は仲が悪いというのは、私の勝手な偏見だろうが。 まあこんな調子だし、きっとルカは家族にも愛されて育ったのだろう。 「もうすぐその兄の誕生日なんです。それで、何が欲しいかって聞いたら、稀代の女形早乙女アルトのプロマイドなんてあったらなーて、笑いながら言うので・・・」 「アルトの写真を加工してプレゼントしようと?」 「はい・・・」 「・・・・・おまえねー・・・」 怒るに怒れず、オズマたちは深いため息をついた。 「でもばれないようにって誰に対して?こっそり加工してその兄にプレゼントするだけなら、アルトだってばれないようにする意味が分からないが」 話がちぐはぐだぞ、と指摘するとルカは開き直ったかのように肩をすくめた。 「僕、アルト先輩と仲良しだなんて兄には言ってないんです。ていうか化粧をしていないアルト先輩を見ても本人と気づかないくらいで、去年クラスで撮った写真を見ても兄は反応しませんでした。気づいたら兄に自慢しようとまで思っていたのに結構肩透かしで。その後も兄のアルト先輩好きは熱くなる一方なので今さら先輩と仲良くしているなんて分かったら、あの兄のことですから絶対学校に押しかけてくるに決まってます」 「そりゃ確かに女形のアルトと普段のあいつを見比べてすぐに同一人物だと判断できる人間は少ないだろうな」 「ええ。ショック受けるか納得するかふたつにひとつね」 ・・・私の身近に、歌舞伎役者早乙女アルトを、彼が素の顔で普通に登校した学校で何の疑問も抱かず発見し大騒ぎした人物がひとりいるが。 「なんだ、つまりアルトにばれないように加工するんじゃなくて、兄ちゃんに前見せた写真にアルトが写っていたことがばれないように加工するのか。ややこしい」 「すいません」 聞けば、メモリスティックに大量に保存されている写真は誰かひとりが盗撮したものではなく、様々な場所で偶然チャンスを掴んだ有志たち(この言い方もどうかと思うが)によって撮られたものだという。 それを【秘密の回覧】として回してこっそり楽しんでいたわけだ。 全く趣味が悪い。おおっぴらにきゃーきゃー言っている女たちの方がよほど健全だ。 まさか私の写真も知らないところで撮られてはいないだろうな。 「あの、アルト先輩には内緒にしておいて下さいね」 縋るような目で見つめる部下に、オズマとキャシーは互いに顔を見合わせて嘆息した。 「まあ、わざわざ伝えることでもないしな。ただしこのメモリスティックは預かる。一応このマヌケ中尉のデスクで怪しいものを発見したので没収したっていうことにしておくから」 「隊長・・・」 ルカが持っていたところを没収されたとなると、【有志たち】のルカへの風当たりが強くなるかもしれないからという、オズマの無言の愛情表現だ。 そうはっきり言わないところが不器用でもあり、優しさであり、甘さでもある。 まあ仕方ないか。相手はルカだし。 ちなみに中尉はどうでもいいらしい。 「欲しい情報があると言われてお金を取るのはルール違反です」とはルカの弁。 金儲けをしようとした中尉はあの整備士ともども、艦長に知られないところでこっそり痛い目を見ることになるだろう。 そういうところはあくまで民間会社だ。これが軍なら軍法会議ものだ。 やれやれ、これでひとまず面倒ごとは解決か、と、オズマとキャシーが中尉を引き連れて行く後ろで、ミシェルがこっそりルカに耳打ちするのが聞こえた。 「なあルカ、ちなみにその写真の加工、できたら俺にも一枚くれよ」 一体何に使う気なのか、このバカミシェルは。 冷ややかな私の視線など気にすることなく、ミシェルはへらへら笑っている。 ルカは私の表情に気づいて苦笑すると、ミシェルを曖昧な返事で振り切って私に近づいてきた。 「色々面倒なことに巻き込んですみませんでした。クラン大尉」 ぺこりとお辞儀。 ああ、こういうところがアルトや馬鹿ミシェルと違って可愛らしい。 やっぱり天使だ。ちょっと頭の回転がいいだけの、良い子じゃないか。 うんうん、とうなずく私とにこにこ笑っているルカを、何故かミシェルが変なものを見るような顔で見つめていたが、気にしないことにした。 【完】 PR |
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