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いいわよ、と、シェリルは自信満々の笑みを浮かべて立ち上がった。 どよっと講義室がざわめく。 腰に手をあてて、ぐるりとあたりを見渡した彼女は窓際の席に視線をやってにやりと笑った。彼はこの騒ぎにも全く興味をしめさず、聞こえていないかのように退屈そうな顔で窓の外を眺めている。どうせ彼の頭の中は飛ぶことでいっぱいで、今クラスで何が行われているのか全く分かっていないのだろう。 「ええと・・・本当にいいんですね、ミス・シェリル?」 ぎょっとしたように、講義室の隅に立つ教師が確認すると、ホワイトボードの前にたつ生徒に目配せした。いかにも委員長、といった風貌の女子生徒がこくりとうなずき、マジックで文字をなめらかに書いた。 『主演:シェリル・ノーム』 しかし後をどうしよう、と眼鏡を押し上げるしぐさで間を計っていると、立ったまま小悪魔のようないたずらっぽい笑みを浮かべたシェリルが再び口を開く。 「ただし、相手役はアルトで」 「・・・・・え?」 「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」 委員長の呟きは無視され、一呼吸の後クラスに集まっていた三十人ばかりの男女が一斉に声を上げた。 その声は遠く離れた別の校舎にまで響き渡っていたという・・・。 *************************** 時は近未来、舞台は中世ヨーロッパを思わせる、美しい湖の国フロンティア。 自然と科学が絶妙なバランスで共存し、人口一千万程度の小さな国は世界の争い事など別次元の話であるかのように、平和であった。 国境から草原と湖を超えた城下町、周囲の山々から見下ろせば白亜の宮殿がそびえたつ。馬から降りてその宝玉のような城を眺め、隣国ギャラクシーの王子シェリルは目を細めた。 「あれがフロンティアの城か。まるでおとぎ話のように美しい。思えば私が生まれ育った国は合理的でリアリティに満ちた世界ではあるが、この優美さとすがすがしさには到底及ばぬ。・・・ああ、もう日が暮れるな。ルカ!」 「はい、王子。この山を下ってフォルモ平原を抜ければすぐに城下町へと到着するでしょう」 「門まで迎えをよこすと言っていたな。待たせるのは悪いだろう、急ぐぞ」 「はい」 シェリルと、忠実なる従者ルカは巧みに馬を操りながら、山を下って城下町を目指した。 フロンティア城の最上階。 白い手すりにつかまり、彼女はバルコニーから沈みかけの夕陽を眺めていた。 深い青の長い髪、白く人形のように美しい顔立ち。 憂いを宿した表情は見る者すべてをはっと言わせる妖艶さとつい手を差し伸べたくなるような無邪気さとが同居していた。 年の頃は17,8。すみれ色のドレスをまとい、ひと房だけまとめ上げた髪には白い花弁の飾りが揺れている。 ものも云わずただじっと空を見つめる少女の背後から、大きな影が現れた。巨人族の血統をひくフロンティア王国第18代国王トクガワである。フォルモの平民の出で決して高貴な血筋ではないが、彼の国民主義のまつりごとは絶対的な支持を得ていた。 のちにフロンティア史上伝説の賢王として名を残す人物である。 「顔色が優れぬな、アルト姫。体調でも悪いのか」 「お父様。いいえ、そうではありません」 「ではなぜさきほどからため息ばかりついておるのだ。あと数時間もしないうちにおまえの婚約相手が到着するというのに」 優しい国王の顔を見て、姫は微かに眉尻をさげ、小さくかぶりを振った。 「どのような方かも知らない相手と結婚するのは嫌だと申し上げたはずです」 「姫よ。これは国とおまえのためを思っての決断なのだ。シェリル王子はギャラクシーの二番目の王子。王位継承権はないが、その人物たるやギャラクシーのみならず周辺の国々にも評判と聞いている。だがもし直接話をして、おまえに相応しくないと判断すればきちんと断ろう。おまえの意見を最優先させることも誓おう」 アルト姫は国王のはっきりとした声音に驚いて、顔を上げた。 「それは本当ですかお父様」 「もちろんだ。わしは一国の王であると同時におまえの父親。娘の幸せを願わぬ親などどこにいるか」 大きな手をさしのべ、国王は笑う。 アルト姫は安堵したように、そのてのひらに乗って腰を下ろした。 沈んでいく橙色のあかりをふたりで見つめていると、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえ、やがてひとりの兵が駆け込んできた。 「何事だ。姫の前だぞ、無礼な」 「申し訳ございません。しかし、緊急のご報告が」 「シェリル王子が到着したか?」 「いえ、それはまだ・・・。例の組織【ゼントラン】の青の騎士を天空門付近で見かけたとの情報が得られました」 「あの忌々しいやつらか。城の近くで何をうろうろしているのか。目撃しだいすぐに捕えろ!」 「はっ」 慈愛に満ちた表情を一変させて命令する父に、アルト姫はおびえたように体を震わせた。 「お父様、青の騎士とはなんです?」 「ああ、姫。気にしなくていい。何も心配はいらん」 国王はすぐに笑顔を浮かべると、姫をそっとバルコニーにおろした。 「さあ、そろそろ王子が到着するだろう。おまえも支度をしなさい」 「はい」 背を向けて去っていく父の姿に、アルト姫は不安げに顔を曇らせたのだった PR |
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