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仮縫いの衣装を着て椅子に座り、仕方なさそうに台本をめくるアルトの前で、シェリルとミハエルは楽しそうに打ち合わせをしていた。どうやらストーリーの山場でもある決闘シーンについて話しているようだが、ちらちらとこちらを見てはいやらしく笑うのが気にかかる。
アルトはため息をついて、結われていない髪をうっとうしげにかきあげた。 「なあ、どうでもいいが何でそんなに張り切ってるんだよ。どうせ学園祭の芝居だろ?」 「あらアルト、元役者の言葉とは思えないわね。どんな芝居であろうと舞台の上では本気でやるのは当たり前じゃない」 「それは・・・そうだが」 アルトとしても、別に芝居が嫌いなわけではなかった。体に染みついた役者の血が、ひとつの舞台を成功させようとする周囲の熱意を敏感に感じ取り沸騰しそうになる。だが問題はそこではない。 「だいたい何で王子がシェリルで俺が姫なんだよ。逆ならまだしも」 「あらあんた、自分を王子様だとでも思っていたの?」 「それなら俺が王子役のほうがまだはまるね」 「なんだとミシェル!」 むかっと唇を尖らせて睨むが、フェンシング用の剣を手にしたミハエルはにやにや笑うばかりだ。確かにこんな格好ですごんでも空回りだろう。逆の立場だったら腹を抱えて笑うに違いない。 「そういえばアルト、おまえ歌舞伎の舞台やってた頃ってアドリブとかやってたか?」 「はあ?」 大真面目にそんなことを聞いてくるミハエルに、アルトはバカかおまえは、と鼻を鳴らした。 「突発的ハプニングが起こったならともかく、きっちり筋書き通りやるのが芝居だ」 「ふうん。突発的ハプニングねえ」 にやり。 シェリルとミハエルが、目を見合せて笑う。 (あー。なんか頭痛がしてきた) このふたりを組ませたら危険なのではないか。 いまさらのように、そう思う。 ************************** ずらりと並んだ近衛兵と、おそらく王家に連なるものたちなのだろう、きらびやかな衣装を身にまとった貴族らに興味津々の目で見つめられながら、シェリルは堂々とした足取りで玉座へと歩み寄った。 巨人をそのままの姿で見るのは初めてだ。話には聞いていたが、身がすくむほどの威圧感がある。だがそんな胸中などおくびにも出さず、胸を張って歩き玉座の前で肩膝をついた。王の言葉を待つ。たとえ、フロンティアとは比べ物にならないほどの国力を持つ帝国の第2王子であれ、郷に入っては郷に従えの精神は遵守すべきだと承知している。声をかけられるまでは顔をあげることすら許されない。そしてその作法はどの国にも通じる最低限の作法であった。 「ようこそおいで下さいました、シェリル王子。このような小さな国ではありますが、ぞんぶんに羽を伸ばされるが良い。歓迎しますよ」 うぉんうぉんと響く王の声に、シェリルは慣れぬ圧迫感に押しつぶされそうになりながらも顔を上げて微笑んだ。 「お招きいただき光栄に存じます、陛下。女王からの親書も預かってまいりました」 言って、ちらりと背後に影のように控えるルカを見る。彼は緊張した面持ちですかさず懐から筒を取り出し、主人に渡した。 シェリルは膝をついたまま、恭しくそれを差し出す。 王の隣りに座る桜色のドレスが気になったが、紹介されるまでは彼女の姿を確認することはできない。 「グレイス女王陛下はご健勝ですかな」 「はい。くれぐれもトクガワ陛下によろしくお伝えするよう申し付かっております」 「我が王妃の葬儀以来ですな。また近々お会いしたいものです」 「女王も同じことをおっしゃっておられました」 「さあ、どうぞお立ち下さい。堅苦しいことは抜きに、今夜は盛大な宴を催しましょう。その前に、アルト」 「はい」 小さな返事が聞こえて、ゆっくりとドレスが立ち上がるのを、シェリルは視界の隅でとらえた。立ち上がり、高鳴る胸を押さえて彼女を見る。 「我が娘、アルト姫です」 「お初にお目にかかります、殿下」 細いからだを包むふわりとしたドレスを両手で摘み上げ、貴婦人の礼をして顔を上げた。 「・・・始めましてアルト姫」 ふたりはしばらく、周囲の目を忘れて見詰め合った。 これほどまでに美しいいきものを見るのは初めてだ。シェリルはごくりと喉を鳴らした。 ギャラクシーにいる、人工的に容姿を美しく変えたのではない生気に満ちた美貌は、生まれついての宝であることをまざまざと証明している。 わずかに上気した頬はなめらかで白く、唇は魅惑的なほどに赤く、肩から流れる青い髪は絹糸のようだった。 王家に生まれた以上政略結婚は定められた宿命であった。それに抗う気もなく、ただ言われたとおりに結婚だけして子をなし、後は兄の手助けをしながらも自由気ままな生涯を送る。それがシェリルの人生設計だった。 だが目の前の姫君はどうだろう。政略結婚の相手にしては過分すぎるのではないか。 「どうか、なさいましたか」 先に我に返ったアルト姫が、恐々と尋ねる。 とっさにシェリルは笑みを浮かべて彼女の手を恭しくとると甲にキスをした。 「あなたのような美しい方ははじめて拝見しましたので見惚れてしまったのです。ご無礼をお許し下さい、姫」 「そんな・・・」 かあっ、とアルトの顔が耳まで赤く染まる。 (ああ、なんて美しい) 「おやおや。見ているこちらが恥ずかしくなりますね。さあふたりとも、宴のときにゆっくりと話すがいいでしょう。ひとまずはシェリル王子をお部屋へご案内しなければ。お疲れでしょう、ごゆっくりおやすみください」 「ありがとうございます」 小さく震えるアルト姫の手をそっと放して、シェリルはにこりと笑った。 PR |
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