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「キスシーンだぁ!?」
がばっと台本から顔を上げてアルトが大声を上げた。その様子に、何だいまさらとミハエルが肩をすくめる。 「おまえ斜め読みしてたのか?そりゃあるだろキスシーンくらい。ラブストーリーなんだし。そもそも歌舞伎の舞台で濡れ場演じてたおまえが驚くことないだろ」 「で、でも」 そう言われれば確かにそうだ。だが、相手はあのシェリルなのだ。 「あら、初めてじゃないんだしいいじゃない」 「んなっ」 ふふっ、と髪をかきあげながら言う銀河の妖精に、彼らの会話をこっそり聞いていたクラスメートたちがざわっと慄いた。 「初めてじゃないですって!?」 「じゃあやっぱりあの噂は本当なのか」 「噂って?」 「姫と、女王様と、ミシェルの三角関係」 「ええーまじかよー」 「・・・あ、あいつら」 好き勝手ぬかしやがって、とアルトが拳をふるふる震わせる。 「あら、誰が誰をとりあう三角関係なのかしら」 「芝居の上では見事なお姫さま争奪戦ですがね」 眼鏡の奥で、ミハエルが一瞬きらりと鋭い目でシェリルを見た。 それを正面から受け止めて、シェリルも自信家の笑みを浮かべる。 「キスシーン、あなたもしたかった?脚本変えてもらったら?」 「その手もありますね」 あなただけずるいですよミス・シェリル、と冗談めかして言うミハエルに、シェリルは魅惑的な唇の両端を吊り上げた。 ********************************** さまざまな招待客とグラスを触れ合わせながら、シェリルはそっとホールを見渡した。 二階へと続く大階段のすぐそばに、アルト姫が微笑をたずさえて立っている。そばにいるのは晩餐会が始まった直後に国王から紹介された、アルト姫の従兄弟であった。彼が姫から離れるのを確認してそっと彼女の方へと歩み寄る。 人の波に流されていったん姿を見失ったが、再び美しい立ち姿を確認したときには、彼女がこちらを見て困ったように微笑んでいた。 「お疲れではありませんか、姫」 軽くグラスを掲げてそう言うと、アルト姫は小さく首を傾げて、 「それは殿下の方でしょう。遠路はるばる来られた夜に宴にご出席されて。少しはお休みになられましたか」 「お気遣い感謝いたします。こう見えて体力に自信はあるのでご心配には及びません」 ピンクがかったブロンドの髪をふわりと揺らし微笑むシェリルに、アルト姫はかあっと頬を赤らめうつむいてしまった。 (ああ、可愛らしい方だ) おそらく身内以外の男性とまともに会話したことすらないのだろう。 どこを見ていいか分からないといった様子で、黄金色をした瞳が右往左往している。 ついからかいたくなるほどにいじらしい姿ではあったが、未来の花嫁の気を悪くさせては礼儀に反するだろうと考え、シェリルは気づかないふりをした。 「それはそうと、天空門を通る際に兵士らが慌てて飛び出して行くのを見ました。何かあったのですか?」 「え?」 きょとんとする姫に、ああ、と苦笑して、首を振った。 「いえ、申し訳ありません。姫君が城下町の小事など気になさることではありませんでしたね」 「いえ・・・。詳しくは存じませんが、青の騎士とやらが出没するのだとか。お父様、いえ陛下が話しておられるのを聞きました」 「青の騎士?」 「私は何も知らないのです」 悲しそうに眼を伏せる姫の肩をそっと抱いて、小さく謝罪した。 「この話はもういいでしょう。それより姫、ご相談が・・・」 私との婚約に同意して頂けますか、と単刀直入に尋ねようとした瞬間、ガラスが割れるすさまじい音が響き渡った。 「きゃあああああ!」 「何事だ!!」 婦人が金切り声を上げ、つられるように動揺がホール全体を飲み込んだ。 月明かりをとりこむための大きな窓ガラスが次々と割られ、同時に照明がいっせいに落ちる。 「明かりを!」 「誰か!!」 怒鳴り声と叫び声が重なり、皿やグラスが割れ、椅子が倒れる激しい音が響く。 涼やかなヴァイオリンの音色が止んで、代わりに兵士らが走る慌ただしい足音がした。 「なに?!」 「姫、こちらへ」 怯えるアルト姫の背に手をやって抱き寄せる。 混乱するホールを目を凝らして見渡していると、窓からのぞく大きな丸い月に照らされて、異様な姿が目の前に立っているのに気づいた。 とっさに姫を後ろにかばい腰の剣を引き抜く。 「何者だ!」 それは、まるでホログラムのように実体感の薄い存在だった。 引き締まった体を隙間なく包む漆黒の服に太いベルト、限りなく黒に近い青色のマントは金の刺繍が縁を彩っており、風にひるがえる。金色の髪は計算されつくしたように整えられていて眼鏡の奥に見える緑色の瞳は冷ややかに光っていた。 一見、貴族のようにも見えるその男は手に剣を持ち近づいてくる。 何が目的かは分からないが、少なくとも敵であることは明白であった。 「止まれ!もう一度聞く。おまえは何者だ」 「何者だ、か」 低く抑えられた声はよく通り、どこか馬鹿にしたような口調にシェリルはむっとした。男は微かに笑ったようだった。 「青の騎士と呼ばれている。安易な通り名だが割と気に入っているかな」 「おまえが、青の騎士」 背後でアルト姫が息を呑んだ。 「このような真似をしてただで済むと思っているのか。ここはフロンティア宮殿だぞ!」 「用が済めばすぐに退散するさ。そこをどいてもらおうか、ギャラクシーの王子様」 (私を知っている?) では、自分がここにいることも含めすべて計画されていたことなのか。 青の騎士が剣を振り上げ、シェリルが応戦しようとかまえたとき、ふいに騎士が素早く身をひるがえしてシェリルの目の前から消えた。 「なにっ?」 はっとして振り向くが時はすでにおそく、茫然と立ち尽くしているアルト姫の細い腰を抱いた騎士が大階段を背に薄く笑う。 「きさま!」 声を荒げて踏み込んだが、騎士は軽々とアルト姫を抱き抱え、おそるべき早さで階段を駆け上がって行った。 PR |
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