× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
アルトは作ってもらった弁当を片手に、格納庫へ向かうことにした。
自分の機体は今整備中だが、コクピットに入ってしまえば見つからないと考えたのだ。 忙しそうに仕事をしている整備士たちを横目で見ながら周囲を見回し、そっと機体に近づく。 「ん?オズマ隊長んとこの姫じゃないか。どうしたんだこんな時間に」 ひとりの整備士がドライバを器用にくるくる回しながら声をかけてきた。 いつも通り、「誰が姫だ!」とお約束の反応をしてからはっとして口を覆う。あまり騒がない方がいい。 「コクピット入ってもいい?」 「はあ?何言ってるんだ。ダメだダメだ。今整備中なんだから、邪魔になる」 「そこを何とか!」 「今はダメだって。あと三時間くらいで終わるからそれからにしろ。だいたい何するつもりだおまえ」 「ここで寝ようかなって」 「・・・・・・お姫さまはお部屋へお帰りください」 「・・・ちっ。オズマ隊長がきたら、俺のことは見かけなかったって言ってくれよな!絶対だぞ!」 ぐいっ、と背伸びして顔を近づけるアルトに、整備士の男はかすかに頬を染めて、迫力に負けたのかそれともほかに反論できないなにかがあるのか、小さくうなずいた。 いい匂いがする。どこか懐かしい味噌汁の匂いだ。ご飯と味噌汁は三食欠かせない、そう信じて疑わないオズマである。 格納庫で整備状況をチェックし、なぜか普段に比べて無口な整備士と二、三点検の確認をしたのちにがやがやと騒がしい食堂へ足を踏み入れたオズマは、中央のテーブルに人だかりができているのに気づいた。何をしているのかと声をかけようとしたところで、人だかりの中のひとりがこちらに気付いて顔を歪める。 眉をひそめて口を開こうとした瞬間、風船が破裂したような爆音が響いた。 正確には爆音ではない、失神しそうなほどの笑い声の合唱である。 面喰ってぽかんと立ち尽くすオズマの様子に、彼らは死にそうだと顔を赤くしたり青くしたりしながらげらげらと笑った。ついには腹を抱えて床に倒れ伏すものまで続出し、食堂は騒然となる。 「なっなんだ貴様ら!人の顔見てけたけたと・・・」 「いや、オズマおまえ、ふはっ」 失礼なことに、人を指差しながら同僚はセリフの途中で耐えられずに吹き出した。目に涙を浮かべている。 かちんときて、オズマはずんずんと彼らの方へと歩いて行った。人だかりの中央にあるテーブルに、一冊の本が置いてあるのが目に入る。 「そ、それは」 さっきちらりと目にした『銀河の愛は一畳半』が物々しく鎮座している。 「おまえこんなもの読むのか。しかもご丁寧に自分の名前まで書いて」 「はあ?」 なんのことだ、と、この中では最も冷静なカナリアに向かって尋ねる。 カナリアは本を手に取りぱらぱらとめくって、最後のページを開けた。そこには筆書きで、大胆に『オズマ・リー』の文字。 ぎょっとしてのぞきこむが見間違いではないようだ。 「んなっ、」 これはキャシーに借りたものだ。なぜ自分の名前が書かれているのか。それにこの、やけに神経質な文字には見覚えがあった。 本の所有者キャサリン・グラスその人の筆跡である。 これを借りたとき、確かにオズマは中身を確認することもなくほったらかしにしていたので、はじめから彼女がこれを書いて自分に貸したのかどうかは不明である。 しかもなぜこんなところに置いてあるのか。 確かこれを持っていったのはアルトだ。あいつがここへ置いて行ったのだろうか。 「おまえこんな趣味があるんだな」 「違う!これは借り物で」 「借り物に自分の名前を書くかあ?ま、見かけによらず乙女趣味ってことだな。ぶわっはっはっは」 「いやーさすが色男。今日は特に男前じゃないか」 「ぷぷぷっ。少佐、自分の趣味をそんなおおっぴらに主張しなくても、ぶふぅーっ」 部下にあたる後輩までもが爆笑する。 「なんだ趣味ってのは!その本は俺のじゃなくてだな、」 「どうしたんだオズマその顔は」 「顔ォ?」 よく見ると、冷静かつ良き相談相手であるカナリア・ベルシュタインさえも微妙に頬をひきつらせている。 これにはさすがのオズマも不安を覚えた。 「いや、虫に刺されたか、痒いんでこすってたんだが・・・赤くなってるか」 「そうじゃない」 呆れた顔でぞんぞいに否定され、小さな手鏡を渡される。 カナリアがそんなものを常備していることに驚いて目を見開くと、冷やかに睨まれて咳ばらいをした。 そっちだ、と指摘された左頬を映してみる。 そこには憎らしいほど太い黒文字で、 『シスコン』 と、簡潔な悪口が書かれていた。 「・・・・・・・・・・・・!!あぁぁんんんのクソガキィィィィ!!」 顔を怒気で真っ赤に染めて、拳をぎりぎりと握った。脳裏に浮かぶ、女のような顔をした男のしたり顔。 「ぶっ殺す!!」 怒鳴ると、素早く身をひるがえして食堂を出て行こうとしたが、ふいに足を止めた。 ポケットから印籠型の携帯をとりだしてコールする。 『はい』 「ミシェルか。アルトはどうした」 『さあ・・・。外へ食事に出ると言っていたような』 「そうか。もし見かけたらすぐ俺に連絡入れろよ。隊長命令だ!」 『イエッサー』 なんともやる気のない返答に脱力しながら通話を切る。 ふと、この優秀かつ最も頼りにしている部下ははたして自分を本当に慕ってくれているだろうかと疑問に思ったが、いまは置いておくことにしよう。
「おばちゃん!弁当ひとつ頼む!適当に詰めてくれないか」 PR |
![]() |
![]() |
|
![]() |
トラックバックURL
|
![]() |