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【ボビー・マルゴの証言】 ルカちゃんならさっき、ここでジュース飲んで行ったわよ。 端末?見てたけどいつものことでしょう? 何か新しい解析方法でも見つけたのって聞いたら、あの愛らしい笑顔でちょっと違います、なんて言ってたわ。 何だか嬉しそうだったけど、いいことでもあったのかしらねえ? ボビーは、ブリーフィングルームのカウンタで、私には理解できない文字の書かれた硝子瓶を手に持ちああでもないこうでもないとグラスに入れたり氷を砕いたり忙しそうにしていた。 ここに彼、いや彼女?が立っていなければならないという決まりはもちろんないのだが、何故か大抵ここにいる。 世話好きで世間話が大好きな、心は乙女の操舵士だ。始めは近づきがたかったが、自然と会話をするようになるとこんなにも話していて楽しい友人はなかなかいないと知らされる。 ひとりミシェルのことでくよくよしていたときに、そっと暖かい飲み物を出してくれたり、戦闘でミスをして落ち込んでいたときにとっておきの笑い話でお腹が痛くなるほど笑わせてくれたりもした。 本当にいい奴だ。きっと、SMSの連中はみんなそう思っている。 「その端末に何が映っていたか知っているか?」 是が非でもルカの不自然な態度を究明したくなった私は、ずいとカウンタに腹を乗せて身を乗り出した。 ボビーは困ったように片頬に手をあてて、考え込む。 「見えなかったわねえ。ああでも確か、別のときだったけれどモニタを見せられてこれどう思いますかって聞かれたことあったわねえ」 「いつだ?何が映っていた?」 それは貴重な証言だ。 「でも多分関係ないと思うわよ。あの写真は」 「写真が映っていたのか?」 「そうそう。アルトちゃん」 「アルトぉ?」 何故そこにアホの新人が出てくるのだ。 眉をひそめて腕組みをすると、ボビーが実にセクシーに首を傾げた。 「ええと、なんて言っていたかしら・・・このままだとばれるので適当に処理して合成?するんだとか」 「なんだそれは」 全く意味不明だ。しかもなにやら穏やかじゃないぞ。 「ひとりごとでぶつぶつ言っていたからよく聞こえなかったのよね。なあに、て聞いたら、いえ何でもないですって笑顔でかわされちゃった。ああ見えてなかなか強かなのよねあの子」 それは私にも分かる。 むしろ、あのアルトよりはずっと大人な気がする。外見はともかくあの小さな頭の中の脳は常にフル回転しているに違いない。 だが最近の彼の浮かれ具合にはアルトが関係しているらしい、ということまでは分かった。 それが直接本人には知られておらず、彼の写真が大事なキーワードになっているらしい。 アルトの写真は正直言ってかなりたくさん出回っている。女性隊員の中にはこっそり奴を狙っているのも多いし、影からファン目線で追いかけているのもいる。 あいつの顔以外にどこがいいのか私にはさっぱり分からないが、顔がいいというのは多少性格に難があっても許されるという非常に便利な特権だ。みんな騙されている。 あ、とボビーが声を上げたので顔を上げると、彼がほら、と綺麗にマニキュアの塗られた人差し指で廊下をさした。 ガラス張りになっている窓へ目を向けると、ルカが、顔は知っているが名前までは分からないSMSの誰かと立ち話をしているのが見えた。ルカはにこにこ笑いながらメモリスティックのようなものを男に渡している。 用はそれだけだったのだろう、そのまま去っていく男に手を振って、ルカがこちらに向かって手をあげた。見ていたのに気づかれていたらしい。 「お帰りルカちゃん。そうだ、さっき食べ損ねたでしょう、マフィンあるわよ」 「わーい、いただきます。クラン大尉、お疲れ様です」 「あ、ああ」 チャンスだ。 私はちびちびとジュースを飲みながら、隣に座って両手で頬杖をついているルカに話しかけた。 「さっき、あいつに何か渡してなかったか?」 するとルカはきょとんとした顔で目をぱちくりさせると、ああ、とうなずいた。 「SMS回覧の記事データですよ。備蓄倉庫の管理システムをアップデートしたのでそのお知らせと、一応詳しい説明ファイルをつけておきました」 「それだけか?」 「どうしてですか?」 一点の曇りもない笑顔で返される。 怪しい。 私の直感がどす黒い何かを警告している。 SMS回覧は、バインダーに紙を挟んで人伝いにまわす・・・わけではない。そんな面倒かつ非効率的なことはしないだろう。 回覧とは言うものの、方法はメルマガのようなもので、隊員全員へ一斉送信されるのだ。ただ必ず全員が目を通すようにと義務付けられているため、携帯もしくは個人専用のパソコンでデータを受け取ったら閲覧しました、というマークを残すことになっている。 これで、管理している側は誰が署名していないか一目瞭然というわけ。七日以内に署名しなければ警告メールが届く。どんなに些細なお知らせであれ、日常生活における情報はすべからく共有しなければならないという方針らしい。 またまわってきた報告に対して疑問点や意見がある場合、設けられた専用記事に書き込みをすることでリアルタイムかつダイレクトに伝わる。 たまにやりとりが加熱して炎上することもあるが、みないい大人なのでその辺はわきまえている。決してバカだのチネだの低レベルな争いには発展しない、はずである。私が知らない間に書き込みされて即管理者によって削除されているという可能性もあるが。報・連・相とはよく言ったものだ。 どうにもルカのことが気にかかるが、彼と仲のいいアルトやミシェルがそれほど気にしていないということはやはりただの杞憂だったのか、と思っていた頃。 ピピッ、と電子音がして、端末に新規メールが到着したことを告げた。 件名はSMS回覧。画像データなどが添付されていることがよくあるそれは、容量が大きいため端末で受信する者が圧倒的に多い。携帯で受信を確認した後、端末でそれを閲覧することはよくある。ルカと違って私たちはそれほど端末を持ち運びすることはないからだ。 「ルカはメカオタ」だからな、といつだったかミシェルが笑って言っていたが、「メカオタ」が何なのか私には分からなかった。聞くのも悔しいので疑問は残ったままである。 メールを開封しようとしたとき、とたとたとどこか焦ったような足音が聞こえて、それが段々こちらへと向かってきているのに気づき振り返った。見ると、キャシーが深刻そうな表情できょろきょろしている。 「どうしたのだ?」 「ああ、クラン大尉」 彼女は険しい顔をしたまま僅かに目を見開いた。 「オズマ少佐を見かけませんでした?」 「オズマ?さあ・・・。どうかしたのか」 「いえ。それより、気をつけてください。さきほどSMS回覧が配信されたみたいですけど、どうやらウイルスに感染しているようなので」 「ええ?」 今それを開封しようとしていたところだ。 ぎょっとして手を止める。 「だがそんな話は聞いていないぞ。それにすでに閲覧したやつらもいるだろうが騒ぎになっていないな」 「それは・・・」 キャシーは目をそらして、もごもごと口の中で何かを呟いた。 どうも様子がおかしい。 「うわっ!!何だコレは?!」 叫び声が聞こえてびくっと体を揺らすと、近くのソファに座って端末をいじっていたミシェルが顔を引き攣らせていた。珍しく冷静さを欠いている。 私は立ち上がって、彼に歩み寄った。 「ミシェル、どうしたんだ」 「いや・・・SMS回覧のさ・・・」 「ウイルスか!?」 「え?ウイルス?これがそうなのか・・・?」 ずれた眼鏡を押し上げる仕草をしながら、ミシェルはモニタを指さした。 キャシーが、仕方なさそうな足取りで近づいてくる。 三人はモニタをのぞきこんで、それぞれ息を呑んだ。 「これは・・・いたずら、か?」 「それにしちゃ手が込んでる。はじめは気づかなかったんだが、記載されたアドレスに、あるパスワードを何となく入力してみたらこの画面に飛んだんだ」 「パスワードぉ?おいキャシー、おまえが言っていたのはこのことか?」 「ええと・・・まあ」 なるほど、見られたくなかったわけか。 「ウイルスではないんだな」 「違うみたいだぞ」 ミシェルとふたりしてじろりとキャシーを見上げると、彼女は唇を尖らせたまま、手を頬にあてて嘆息した。 「わざわざ怪しいアドレスに飛ぼうとしてそのパスワードを入力する人間はごく少数でしょうから、まだ騒ぎになっていません。ただそれが広がると、なんていうか・・・困るでしょう?」 「誰がこんなことを」 そこに映っているのはアルトと思わしき人物の後姿だった。 思わしき、というのはぼやけているせいで、だが長い髪が垂らされている姿はアルト以外の誰にも見えない。こんなに髪の長い男は他にいないからだ。一瞬女かとも思ったが、青年特有の骨ばった体つきから男だと判断できる。両手で髪をかきあげようとしているしぐさに見えるが、思わず目を疑ってしまったのは彼が裸だったからだ。といっても上半身しか映っていないので全裸かどうかまでは確認できない。あまりに画像レベルが低く見えてしまうのは、おそらくシャワーを浴びているところを盗撮しているからだろう。白い湯気と大量の水滴がレンズの邪魔をしている。鮮明に見えてしまうと余計危ない気がするが。 「これ、明らかに犯罪行為だぞ」 けしからん、と指をつきつけて言うと、ミシェルとキャシーは困惑したように顔を見合わせた。 「けどなあ、何かの間違いだと思うぞ。何しろこのパスワードはあの人の、記事投稿用パスだし。その人の記事にアドレスがはってあって、それを開いたらパスワード入力画面が出たんだ。それで試しに投稿用パスをうってみたら出てきた」 「待て、何でミシェルがその投稿用パスワードを知ってるんだ」 「ああ、それは簡単だよ。パスって言ってもそれぞれの小隊の名前とコールサインの数字を組み合わせただけだから簡単に察しは付くだろう。クランは書き込みしたことないのか?」 知らなかった。安易すぎる。 ミシェルの言うとおり、書き込もうと思ったことすらないので、自分のパスワードなど覚えてもいなかった。 そもそもきちんと内容を読むことすらほとんどない。 重要な情報はネネやララミアが細かく教えてくれるので、さほどこの回覧の記事を重要視したこともなかった。 「でも、そもそもこの記事を投稿したのが彼なのかどうかが疑問だわ。どうしてアドレスと堂々と晒すのよ」 「確かに・・・。そうだ、ルカに相談してみようぜ。あいつこういうの得意だし」 「そうね、アルト准尉が気づく前に手を打ったほうがいいわね」 なにやらわけの分からないままに、ミシェルとキャシーは合意したようにうなずいて背を伸ばした。 誰かが、誰かをはめようとしているらしい。 何となくつられるようにして、私はふたりについてルカを探すことにした。
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