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突然雷鳴のような怒号が上がり、シェリルは慌てて馬を止めて振り返った。
アルト姫が捕らわれている塔はもう目の前だ。【ゼントラン】の兵たちが襲ってきたのだろうか。だが木々を避けてこちらへ突進してくる群れの中に巨人の姿はない。 「王子!」 「襲撃だ!固まるな!散れ!!」 シェリルの指示に、よく訓練された精鋭部隊の兵士らはためらうことなく三々五々森の中へ散らばっていった。いちいち命令を復唱することもない。そして最低限の人数をシェリルの護衛として残しておくのも忘れなかった。シェリルを指揮官とはしているが、彼ら国王の直属部隊はそれを管理する部隊長がきちんと存在している。そして彼女は自分の役割を忘れはしなかった。 「王子、わたしから離れないでください」 「ありがとう。だが君はそもそも衛生兵だろう?」 いや決して、腕を疑っているわけではないのだが、と苦笑して襲いかかる敵を待つ。 削られた山から降りてくる様は、見たことはないが話には聞く津波のようなものかと、シェリルはどこか冷静に考えていた。 囲まれてはおしまいだ。だが背後には塔がそびえたっており、そこから敵の気配はない。 不気味に沈黙したまま、ただ森の中にうごめく矮小な人間たちを嘲笑いながらそびえたっていた。 「ご心配なく。わたしにはこれがありますから」 そう言って、部隊長は背負っていた大きな筒を取り出し、木々の間からこちらへ向かってくる敵に向けて構えた。 「カナリア、それは?」 「見ていてください。ああ、少し離れて」 そう言ってすぐ近くに人がいないことを確認すると、彼女は馬にまたがったままピン、と何かを弾くしぐさをした。 突如、筒から高速で光の塊が飛び出し、駆け寄ってくる敵の群れへと飛び込んでいく。ドォン、と派手な音をたてて煙が舞った。 「うわ」 その衝撃と轟音にシェリルは耳を押えて、目を閉じる。 すべての音が、ぴたりと止まった。 そろそろと目を開いて、シェリルは愕然とした。すぐ迫ろうとしていた敵軍が、地面に伏せたまま誰も動かない。ときおり馬たちの悲壮な悲鳴が微かに響いたが、土を蹴る音も、狙い打てと命じる叫びもない。 ただ鼻をくすぐる硝煙のにおいだけがたちこめ、もうもうと白い煙があたりを覆っていた。 「・・・それは」 「相手が固まって降りてきたのが幸いでした。ただ援軍がこないとは限りません。とにかく塔へ急ぎましょう」 詳しい説明をすることもなく、カナリアは再び集結しつつある部下たちの配置を確認するためにシェリルから離れていった。 「・・・いまのは、何だ。フロンティアにこのような技術があるとは聞いていない」 「王子、急ぎましょう。ともかく敵はまだいます」 呆然としているシェリルにそっとルカが声をかけた。 はっとして顔を上げ、後ろにずらりと揃った部隊を見渡す。 人数こそ少ないが、頼れる兵士の集団であることを証明してみせた。 みながそんな、自信に満ちた顔をしていた。 「行こう」 すぐさま塔へ振り返り、手綱を引く。だから、彼は気づかなかった。 整列した部隊の兵士らが、カナリアの手にしているものに何の疑問も持たなかったことを。 カナリアはシェリル王子のすぐ後ろにつけながら、左手に持った紫水晶をぷらぷらと揺らして見せた。 彼女の悪戯っぽいしぐさに、部下たちの間から小さな笑い声が上がる。 「さて、はっきりと死体は確認していないが、良かったのかな」 『いいさ、その便利なものを集めてくれるだけで』 「クランがやってくれるだろう。これを持っているのはレオンだけとも限らん」 『あの男の鼻っ柱をへし折るにはちょうどいいかもしれないな』 からかうような仲間の言葉に、カナリアはくす、と笑った。 「ギャラクシーの王子様も相当のんきだな」 人を疑うことを知らない、と、ぴんと背筋を伸ばして髪を揺らす隣国の王子を見つめて目を細めた。 意識が浮上すると同時に体のあちこちから鈍い痛みを感じた。 うめいて、起き上がろうと体を動かすと額から流れたぬるりとしたものが目に入り、視界は真っ赤に染まる。 汚れた袖で乱暴にぬぐって、レオンはすぐそばに転がっている剣を地面につきたててゆっくり上半身を起こした。 周囲を見渡せば動いているものは数人で、だが彼らは茫然と座り込んだまま現状を認識できていない。 「おのれ・・・」 ぎりぎりと血が出るほど唇をかみしめて、握りしめたこぶしで地面をたたく。 シェリルの部隊と【ゼントラン】とがぶつかり、どちらかが圧倒的に不利になった場面で飛び出して行って有利な方につく。どちらかが敗北した後に、戦いで傷つき生き残った方を、レオン率いる部隊が襲って皆殺しにする。そのはずだった。 しかし、ふたつの勢力が戦いに入る前に出た指示によって完全に計画が崩れたのだった。 『いまだ、襲いかかれ!』 と。 突然のその指示に、だが逆らうことはできなかった。 なぜなら目の前には【ゼントラン】が支配している塔がある。そしてもうひとつ、知らされることのなかった部隊が存在していることを知らされる。 『おまえたちの後ろにつけてある』 監視していたのか、と怒りを押し殺して尋ねたが、水晶の向こう側で【ゼントラン】を束ねる騎士は軽やかに笑って、反論したのだった。 『ついさっき集結した別同部隊です。巨人族のね』 これではシェリルの部隊と【ゼントラン】との戦いをただ見物しているわけにはいかなくなった。背後は巨人たちが見張っている。 レオンは決断するしかなかった。 謀られたのか、それとも国王直属の精鋭部隊の力を見誤っていたのだろうか。先頭にいたわけではないレオンは何が起きたのか理解できないまま、爆風に吹き飛ばされた。 ともかく事の次第を連絡しなければ、と、少し離れた所に落ちている水晶を拾い上げようとしたところでずん、と地響きがした。 「・・・なんだ」 ぞくりとして振り返る。 「悪いが、それはもらうぞ」 まるで太陽から直接語りかけられたかのような気がして、レオンは思わず頭を抱えて叫んだ。 PR |
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