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がちゃりと音がして振り返ると、ぼんやりした淡い光の中に真っ黒な人影が浮かびあがって姫は小さく悲鳴を上げた。
「驚かせてしまいましたか。俺です。暗いですね、すみません」 その声は自分をさらった男のもので、城から逃走するときに比べるとずいぶん落ち着いていた。 年はどのくらいなのだろう。さほど自分と変わらないようにも見える。 「これで少しはマシになると思うのですが」 そう言って、彼は手に持っていたランタンを掲げ、ゆっくりと近づいてくるとベッドの柱に掲げた。 目で追っているうちに距離がひどく近いことに気づきアルト姫はさりげなさを装って横へとそれようとしたが、何のためらいもなく腕を掴まれてびくりと震える。 青の騎士は困ったように笑みを浮かべ、失礼、と声をかけて手を放した。 「そうびくびくされると傷つくのですが」 よく言う、と、姫は少しばかり腹を立てた。人攫いを怖がらない娘などどこにいるだろうか。 「城へ帰して下さい。いまに軍が追ってここへ来るでしょう。戦争がしたいのですか」 「おとなしく返せば軍はひきますか」 「それは」 シェリル王子は、この男の顔を見ている。青の騎士と名乗ったのを当然国王に報告しているだろう。 仮に自分が無事に帰されたとして軍がはいそうですかとひくはずがない。 だが、そもそもこの男は何者なのだろうか。 何も知らされていないアルト姫は不安に押しつぶされそうになりながら、意外と紳士な態度をとる青の騎士の良心に頼らざるを得なかった。 「この場所を見つけることはできないでしょう。無駄なことです」 「なぜ言い切れるのですか?ここはどこです」 「あなたのような方は知らなくていい場所です」 「どういうことです」 アルト姫は食い下がったが、青の騎士は嘆息してわざとらしく話題を変えた。 「まだ名乗っていませんでしたね。どうぞミシェルとお呼び下さい、アルト姫」 「悪党の名を呼ぶ義理はありません」 「おやおや、手厳しいですね」 悪党呼ばわりされたミシェルは肩をすくめる。 しおらしく、儚い印象ばかりの姫君がきっぱりと言い捨てるのを物珍しげに見て、彼は笑った。 「ですが、夫の名を呼ばないのは不便でしょう」 「誰が、夫なのですか」 ぱっと顔を赤くして姫はミシェルを睨む。 ミシェルは姫のその表情をいたく気に入った。 怒った顔は不安げに目を伏せるのとは違う美しさをのぞかせる。もっとからかいたい、怒らせたい。そして最後に涙を流す顔が見たい。ぞくぞくとした欲求が彼の胸中を支配していく。 「あなたの目的は何なのですか?」 気丈にも強い目で尋ねるアルト姫に、ミシェルは窓から差し込む月明かりを背に腕を組んで、ちらりと窓の外を見た。 追っ手がいないか警戒しているのだろうか。 城が襲撃されたとき、彼はひとりだった。この部屋の外にも誰もいないのだろうか。それはそれでひどく不思議な気がする。 ひとりで王女をさらい、ひとりで追っ手と戦うつもりだろうか。それは無謀というものだ。 だがミシェルは何の焦りもないように見えた。 「一国の王女として育ったあなたには多少の不自由を強いるかもしれませんが、食うに困ることはないはずですよ。別に無理して俺の子供を産んでくれと言うわけでもありませんしね」 「こ、子供」 思わず繰り返して、再び顔を赤らめた。 「可愛い人ですね。もしかして妙なことを考えましたか?」 「考えません!無礼な」 きっと睨みつけめったに出さない口調で言い返すと、もうこれきりだと言わんばかりにアルト姫は口を閉ざしてしまった。 ランタンの明かりのおかげで朱色に染まっていることが容易に見てとれる姫の表情に、吹き出す。 「あなたは下界の民の顔など覚えてもいないでしょうね」 「え?」 声を出して、しまったという顔で唇を噛む姫に彼は冷ややかな笑みを浮かべた。 「純粋培養のお姫さま」 目をそむける彼の顔は、何故かぞっとするほどおそろしかった。 メガネの奥に光る緑が濃くなったように感じて端麗な彼の顔を見つめていると、ふいにミシェルが大股で近寄ってきた。 慌てて避けようとしたが一瞬で腰を抱き込まれ、あまりにも近い位置で緑の瞳に金色の筋が見えたかと思うと、唇をふさがれて身動きがとれなくなってしまった。 抵抗することも忘れてただ身を任せる。 まるで親が子にするような優しく慈愛に満ちた口付けは、なぜか嫌悪を感じることなくただ頭が真っ白になった。 触れ合わせるだけの幼いキスをかわして、またたきもせずにいるアルト姫から唇を放すと青の騎士は空いている右手でくしゃりと自分の髪をかきあげた。 この男はどれだけさまざまな顔を自分に見せるのか。 アルト姫は何も言えず、動けないまま、視線をそむける騎士を茫然と見つめた。 胸の奥がチリチリと痛いのは、彼が何も言ってくれないからだ。 きっと、そうに決まっている。 ******************************** 何度プロの脚本家から修正のダメだしをくらっても、キャシーはめげなかった。 むしろもっとこの世界に浸りたいとそればかりが膨らんで、自分の本職を忘れそうになる。 もしかして軍人より小説家の方が向いていたかしら、などと考えながら、彼女は大事な原稿を抱えて廊下を歩いていた。 物語の性質上、王子と姫のハッピーエンドに変わりはない。そこへ王子のライバルを登場させることによって俄然ストーリーは盛り上がるというわけだ。だがひとつだけ当初の予定にはなかった誤算がある。 「キャラ立ちすぎなのよね・・・」 どうしようこのスケベ騎士、などと思いながら進んでいると、かつかつ背後から足音が聞こえて、振り返る。 「あら、ブラン少尉」 「ミシェルとお呼びくださいグラス中尉」 完璧な敬礼をしながら、ミシェルがにこりと微笑んだ。 計算されつくした笑顔は何人もの女性をおとしてきた自信のたまものだろう。 キャシーは苦笑して返礼した。 「私に何か用かしら?」 「ええ、ちょっとご相談がありまして」 「何かしら」 尋ねると、ミシェルはお茶でもいかがですかなどとそつなく誘いをかけてきた。 一歩踏み込んで近づくと、キャシーの耳元で囁く。 「お願いがあるんです。いいでしょう、キャシー?」 はっとして、キャシーは耳をてのひらでおさえる。 ミシェルの分をわきまえない行為を叱ろうとしたが、無意識のうちに頬が上気しているのを感じて、彼を睨みつけた。 年下の癖になんて生意気な。 PR |
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