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ぱちん、と大して痛くもなさそうな音が暗い部屋に響いた。
もちろんその程度の力で体が揺らぐことなどありえないが、あえてミシェルは「てのひらが当たった程度の」平手打ちを浴びた頬を片手でおさえ、一歩あとずさる。 「申し訳ありません」 「・・・・・」 苦笑して深々と騎士の礼をしてみせるも、それがひどくわざとらしく、また遊んでいるように見えるのは隠しようもなくアルト姫は無言でぎゅっと拳を握り胸に当てた。うつむく顔は髪に隠れて表情が分らない。細い肩が揺れていた。 泣いているのだろうか、と不安に思ってミシェルがそっと膝をつき顔をのぞきこむ。 アルト姫は白い頬を上気させて、ぽろぽろと透明な涙を流していた。 「姫。申し訳ありません。泣かないで」 泣かせたい、とは思ったが実際泣き顔を見るといたたまれなくなる。ずきりと胸が痛んで、ああまるでこれでは恋をしているようだとミシェルは自嘲した。何年も忘れ去っていた感情が押し寄せてくるのに必死で抗い、そうではないのだと唇をかみしめる。 (違う。俺は利用するために姫をさらったにすぎない) 花嫁に、などと言ったがはじめから彼女が欲しかったわけではない。 王家を混乱させ、もうずっと以前からスパイとして内部に送り込んでいた仲間と協力して大規模なクーデターを起こす。なにかとその存在を疎まれている先住種族たちが住みやすい新しい国を創るのだと。 (国王は何も知らないのだろう。軍が王の意志とは無関係に不穏な動きをしているのを。ギャラクシー帝国の過激派連中に踏み込まれたらこんな国は三日で落とされるだろう。平和ボケした国王に、フロンティアを守れるものか) 軍の陰謀を内部告発しようとした愛する人を失ったとき、ミシェルは何を捨ててでもこの国を守り抜こうと思った。彼女が心から愛したこの平和な国を。だがトクガワ王のやり方ではやがて大きな力に抗えず崩壊するだろう。 今となっては王家より軍の方が力はある。もし軍の幹部がギャラクシーと組んでクーデターを起こしたら?すべては終わりだ。 「姫。俺の話を聞いてもらえますか」 ふいにまじめな声音で口を開くミシェルに、涙をぬぐっていたアルト姫は顔を上げた。 切れ長の目はうるんで煽情的に見えたが、それに気づかないふりをしてミシェルは埃だらけの窓枠に手をついた。 煌々とふたりを照らす月を見上げながら、彼はゆっくりと話し始めた。自分の過去、目的と、そして自分の知るすべての情報を。仮に彼女がここから逃げて国王に報告されても良いと思った。 「あなたは」 すべてを語り終えて息をついたとき、アルト姫が久しぶりに口を開いた。 「あなたは、それが成功するとは考えていませんね?」 はじめから、投げやりで杜撰な計画だ。他に安全なやり方がいくらでもあるだろう。そもそも青の騎士と呼ばれながらも彼にどのくらいの力があるというのか。まるで子供の戦争ごっこのようだと、素人でも分かる。 ミシェルは苦笑して、振り向いた。 「ええ、まあ。どちらかというとかえって悪い結果を及ぼすことになるでしょうね。混乱に乗じて軍とギャラクシー側のクーデターが起こる可能性もじゅうぶんにある。まあまだその時ではないでしょうが。どちらにせよトクガワ王・・・あなたのお父上がどれだけ人民に愛される王であったとしても、すでに売国奴が手綱を握っている軍の力を抑えるには無力かと」 「よくもそのようなことを」 青ざめた顔で姫が呟いた。 「あなたは何がしたいのです」 「そうですね。とりあえず、あなたとシェリル王子の結婚を邪魔することが先決かと」 「え?」 「王子があなたの婚約者としてここを訪れたのも、ギャラクシー女王の計画ですよ。いわば乗っ取り作戦の第一歩です。シェリル王子もそれを分っていて来たのでしょう」 「そんなはずは」 はじめからシェリル王子も、自分と父を騙そうとしていたというのだろうか。 馬鹿な、と体を震わせる姫を気の毒そうに見て、青の騎士は精一杯の優しい笑顔を向けた。 「父上とこのフロンティアを守りたくはないですか?アルト姫」 ********************************** 何かおかしいのよね、と髪をかきあげながらシェリルが言った。 珍しく最後まで講義を受けて残っていた彼女は、面倒臭そうに頬杖をついて台本を読んでいるアルトの頭を容赦なくはたく。 「いってぇな!何だよ」 「おかしいって言ってるの!これって私が王子役じゃないの?何でまるで私が陰謀企てる一派みたいになってるのよ」 「知るかよ」 そっけなく言って、アルトは席をひとつずらしてシェリルから離れると再び台本をめくりはじめた。 「もう!」 ぷう、と膨れて、シェリルは愛用しているステッキ型の携帯を取り出しコールする。 何度目かに繋がった相手に向かって彼女はわめきたてた。 「ねえどういうこと?台本の一部が変わってるんだけど。え?今後の伏線のためですって?いらないわよそんなの!さらわれた姫君を王子様が救い出してめでたしめでたしっていうのが王道でしょう!?何でスケベ騎士が実はいい奴でしたみたいな展開なのよ」 ぎゃんぎゃん言っている側で知らないふりをしているアルトだったが、ふいに呼ばれた気がして顔を上げると、ミシェルが仮縫い中の騎士の衣装姿のまま影から手まねきしていた。 「なんだよ」 隠れているつもりらしいそれに向かって口の動きだけで尋ねる。 ミシェルがにやりと笑ってまたおいでおいでをした。 「ったく、何なんだよ」 仕方なくアルトは立ち上がり、講義室を出た。 「何か用かスケベ騎士」 「いやー。女王様がお怒りでいらっしゃるんで怖くてね」 「毎回台本が修正されるごとにちょとずつ話が変わって行ってる気がするのは俺だけじゃなかったみたいだな」 「まあほら、どうせやるなら本格的にやったほうがいいだろ」 「おまえグラス中尉に何か言ったのか」 う、するどい、とミシェルは顔を引き攣らせる。 「ラストを盛り上げるためには中盤で予想外の展開に持って行った方がおもしろいとは助言したけどさ」 「おまえね・・・」 ため息をついて、アルトはミシェルの肩をこづいた。 すんなり意見を取り入れるキャシーもキャシーだ。 (あっさり年下のクソ生意気なスケベ野郎に乗せられやがって) おそらく今頃、キャシーも同じことを思っていることだろう。 現実でもお芝居でも振り回されっぱなしのアルト姫である。 PR |
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