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きゃああああ、と耳をつんざく悲鳴が遠くから響いて、アルトとミシェルは顔を見合わせると一目散に教室へと走った。騒ぎを聞きつけた他の生徒や、教師たちまでもがなんだなんだと声をあげている。 「おい、いまの」 「ああ、シェリルだな」 いったい何があったというのか。慌てて【レジェンド・オブ・フロンティア~王子と姫と青の騎士】の稽古場にしている教室へ入ると、ふたりは衣装を手にしたまま立ち尽くしているシェリルを見つけた。 「どうしたんだ」 「・・・アルト」 顔を上げたシェリルの声は震えていて、それが怒りのせいなのか悲しんでいるのか複雑な色をたたえている。それは表情も同じで、アルトは一瞬また殴られる、と思ってしまった。 「シェリル、どうしたんだい」 そつなくミシェルが近づいて、はっとする。 「それ、どうしたんだ」 「分からないの。さっきロッカーから取り出したらびりびりに破れてて」 「なんだって?」 見ると、シェリルが手にしている彼女の衣装の裾や袖の部分が破れ、糸がほつれていた。仮縫いはほぼ完了していて、あとは細かい調整をするだけのはず。全てが台無しとまではいかないが、ほとんど仕上がっていただけにショックが大きいのだろう。 「誰がこんなこと・・・」 呟いて、アルトは呆然としているシェリルの手から衣装を奪い取った。 「と、とにかくナナセさんに連絡を」 慌てて教室を出て行くルカに、だがシェリルもアルトも反応できずにいた。誰かが邪魔しようとしているのか?しかしいったい誰が、何故。 「・・・けどなあ。どうもおかしいよな」 ミシェルが眼鏡を押し上げながらぼそりと呟く。 「あんまり、悪意を感じないがなあ」 だが今そんなことを言っても何故だと問い詰められるに決まっている。ミシェルとて、それがただの勘でなんの根拠もないのだ。 なので、とりあえずは黙って様子を見守ろうと考えたのだった。幸い衣装は少し手直しすればすぐに元通りになるだろう。 ******************************* 最初はぐわんぐわんという大きな鐘の音だと思った。 だが窓の外に大きな顔がのぞいたとたん、アルト姫は声にならない悲鳴をあげ、思わずミシェルの腕にしがみついた。 「こっちにいたのか。いくら待っても戻らないから心配したぞ」 「すまん、予定より早く事が済んだんでな、こっちに姫を置いておこうと思って立ち寄ったんだよ。姫、怖がらなくていいですよ。彼女はクラン。俺の仲間です。巨人族を見るのは初めてじゃないでしょう?あなたのお父上と同じですよ」 ぎょろりと目を動かした巨人と視線が合うと、アルト姫はごくりと唾を飲み込んでから、何を言っていいか分からず戸惑い小さくごきげんよう、と挨拶をしてみた。するとクランと呼ばれた巨人の女は一瞬目を丸くし、やがて大きな声で笑い出した。それこそ周囲でいくつもの鐘が鳴っているようで喧しいことこのうえない。ミシェルも苦笑して両耳をおさえてから、何事かを叫んだ。当然その声はかき消されたが、クランは気づいて笑いを引っ込める。そしてやや声を落とすと、 「なかなかおもしろい姫君だ」 そう言って、姿を消してしまった。 「・・・驚かせてしまいましたね」 振り返って微笑むミシェルに、まだおさまらない鼓動を感じながらアルト姫は首を振った。 巨人を見るのは慣れているのだ。ただ、父以外の彼らを見るのは初めてだった。そしてそれが父、トクガワ王に反逆する立場の者であることが悲しかった。もうほとんど残っていないと言う古代の民が、もし友人であるならば国王はどれだけ喜ぶだろうか。 アルトを振りほどこうとしないミシェルに気づいて、慌ててミシェルの腕から手を放す。いくら驚いたからと言ってなんて軽率な行動をとったのだろう。 「・・・もしかして、あなたがたの拠点は別にあるのですか」 クランはさきほど「ここにいたのか」と言った。いくら待っても戻らないから、ということは、戻る場所が別にあるということだ。 「塔は目立ちますからね。軍をおびき寄せるには格好の目印になるでしょう」 「わざわざここに私を連れてきたのは何故です」 返す気がないのなら、この塔に姫がいると思わせるだけでいい。まさか塔の先端に縛り付けて見せしめるというわけでもないだろう。昔そんな童話を読んだことを思い出して、アルト姫は僅かに震えた。あの囚われた姫はどうなった?覚えていない。 「塔へ到達するには五つの道があります。やつらは包囲されるのを警戒して五つの部隊に分かれて進んでいるようですが、我々はその背後をつくのですよ。我々の拠点はこのガリアの森にはありません」 「え?ではあなたの仲間は」 微妙に質問の答えをはぐらかされている。 この森を抜けるとすぐにギャラクシーとの国境にぶつかる。つまりこの先に拠点があるわけではないのか。 不思議そうな顔のアルト姫に、言い聞かせるようにミシェルは腰をかがめた。 「何故ある程度の規模である【ゼントラン】が軍に捕まらないか、拠点を襲撃されないのか分かりますか?わざわざ分かりやすい場所に一箇所にとどまることはしません。国民が平和に暮らしている城下町、集落、森、湖のほとり。様々なところに我々は潜んでいます。【ゼントラン】の仲間がひとりもいない居住地はありません」 確かにそうだ、と姫は思った。おそらくミシェルを初め【ゼントラン】の者達は、普段はごく普通の民として生活しているのだろう。 「今は塔の周辺に集まっていますがね。もうすぐ衝突しますよ。ただし我々は軍の背後をつきますが。・・・ああそれと」 胸元でぎゅっと両のてのひらを組んでいるアルト姫に、青の騎士はゆっくりと告げた。 「俺とあなたがそれを目撃することはないでしょう。戦場はこことはほんの少しだけ離れた場所になりますから」 「・・・・え?」 「言ったでしょう?彼らはこの場所を見つけることはできないと。軍が目指している塔はここではありませんよ。そんな分かりやすい場所にあなたを匿うはずがない」 ただ何が起きているかを逐一知ることはできますよ、と。 彼はベルトから小さな宝石のようなものを取り出して、てのひらに乗せた。 紫色に光る、不思議な石だった。 PR |
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