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何でいつもこうなんだ。
テーブルに頬杖をついて、アルトは嘆息した。 周囲では隣の席の人間の話し声すら聞こえないほど騒がしく、店内に設置された大型テレビからは延々とランカの歌声が流れている。 そうかと思えばいつの間にやらできていた店のこじんまりとしたステージではシェリルがマイクを手放さず、踊りながら「私の歌を聴けぇぇぇぇ!!」をすでに三十回ほど繰り返していた。当然三十曲は歌っている計算になる。毎回叫ぶ必要はないと思うのだが、おそらくすぐ近くのテーブルに置いてあるグラスの中身がなくならないことに原因があるように思える。 ステージを囲むようにして大柄な軍人や女性陣が踊りをトレースしつつ野太い歓声を上げ、これもまた中華料理屋になぜあるのか疑問は尽きないが天井のミラーボールがくるくる回ってもはや何が何やら分からない。 すでに店に入って早四時間が経過していたが、騒ぎはさらにヒートアップしていく一方だった。 さっきまで同じテーブルに座っていたルカはバイトの勤務時間を終えたナナセと一緒に別のテーブルで熱心にお絵かきっこをしている。ナナセは真面目にランカの衣装を考えつつ、デザインをルカに見せているようだが、ルカはにこにこしながらすべてのナナセの意見を肯定するだけで、たまに渡されたスケッチブックに理解不能な数式やとぐろを描いては無駄に鉛筆の先を減らしていた。 さて、ミハエルは、というと。 アルトは小さく首を動かし後ろを見てから、すぐに前へ向きなおりおもしろくなさそうにウーロン茶を煽った。 すぐ後ろのテーブルで、やたらいい声のミハエルが数人の女性陣とおしゃべりをしている。 「そうそう。花言葉の起源は英国のエリザベス朝からヴィクトリア朝にかけて発展したと言われているんだ。ちなみに365日あるんだよ。さて、今日は何でしょう?」 「え、そんなにあるの?ミシェル君は物知りだよねえ」 「でも誕生日の花言葉があるんだから、確かに365日あるに決まってるわね」 「そうか。そう言えばそうね」 三人のオペレータ娘に囲まれ、ミハエルはにこにこしている。 (楽しそうで何よりだな) アルトは、ひとつの疑惑を持っていた。 それは三人娘のうちのひとり、ラム・ホアについてだ。 最近、SMS内でラムとミハエルが一緒に食事をしたり廊下で話しているのをよく目撃するようになった。 カップルのような甘ったるい雰囲気ではないし、ミハエルが女性と仲良くしているのを見るのは日常茶飯事だ。 だがアルトは何となく引っかかるものを感じて気が気ではない。 だいたい、オペレータとパイロットは任務中はともかく、日常では特に接点がない。 彼女たちはいつも三人でいることが多いし、年上である。男子高校生の自分たちとは生活の仕方が違うのだ。 なのになぜこうもたびたび二人でいるところを見るのか、不思議で仕方ない。 というより、ミハエルの行動を気にしている自分が嫌だった。 ちっと舌打ちしてもう一度溜息をつくと、目の前に赤い液体の入ったコップが置かれて顔を上げた。 「機嫌悪そうねえ」 「グラス中尉」 キャシーはにこりと笑って、アルトの隣の椅子を引いて座った。 もう片方の手に持っていた自分のグラスを置いて、赤い唇を引き上げる。 「どうしたの?つまらない顔してる」 「中尉こそ何やってるんですか。隊長は?」 「あっちで潰れてるわ」 仕方ないわね、と呆れたように見る先には、テーブルにうつぶせて眠りこけるオズマと、背後で何やら怪しいオーラをだしているボビーがいた。 逃げてぇぇぇ、と思ったが、おもしろいので放っておくことにする。 せめてキャシーがボビーを追い払えよと思ったが、彼女は興味なさそうだった。 ある意味一番ボビーを信頼しているのかもしれない。 オズマではなくボビーを、というところが少々複雑であるが。 「やきもち?」 「はぁ!?」 ずばっと切り込んでくるキャシーに、アルトはのけぞって声を上げた。 よく見ると彼女の頬は赤く染まっている。 完全に酔っぱらっている。 嫌な予感がして逃げようと腰を浮かしたが、素早くキャシーに腕をつかまれた。 ぎしぎしと骨が痛む。 「折れる!折れる!痛いって!!」 「まあまあ。お姉さんに相談してごらんなさいよ」 「いや結構です」 「彼のことでしょう?最近仲いいのよねあのふたり」 と、盛り上がっている後ろのテーブルをちらっと目で指した。 「……中尉もそう思う?」 「思う。こそこそ相談してるみたいよ。いやらしいわねえ」 「いやらしいって……」 サアッと血の気が引いて行くような気がした。 ミハエルが女好きなのはもう仕方ない。病気のようなものだと諦めている。 それでも彼は、真面目な顔で言ったのだ。 『俺が好きなのはおまえだけだよ、アルト』 もう数え切れないくらいその言葉を疑っては一方的に喧嘩をしたりもしたが、それでもアルトはミハエルを信じていた。 いつだって彼は優しい。 アルトは決して女の代わりではないのだから、もう女は抱かない、と彼は宣言した。 矛盾しているようで実は真摯な告白である。 だがキャシーの目から見ても疑わしいということは、やはり何かあるのだ。 こういうときの女性の勘は無視できないものである(と矢三郎が言っていた)。 「あいつ……」 確かにラムは魅力的だ。多少毒舌がすぎるときもあるが、とても可愛らしいし、媚びない性格は男女双方から支持されることが多いだろう。 いつの間にかうつむいてテーブルの染みを指でなぞっていたアルトに、キャシーは年上の女性らしく、ぽんと肩を叩いた。 「今日は飲みましょう!飲んであんな男捨てちゃえばいいのよ!」 よく分からないが、ノリと勢いに負けて、アルトは差し出されたコップを握りしめ、一気に赤い液体を煽った。 トマトジュースかと思っていたが、甘ったるいそれはアルコールだったらしい。
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