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おまえバカ?と、心底呆れたような目つきと口調で言われたので、さすがにむっとしてミハエルは舌打ちした。 バカかそうでないかと言われればアルト姫バカだぜ!と胸を張って言えるところだが、さすがに空気が読めない奴と思われるのはいやなので黙っておく。 冷やかな視線は氷のようで、切れ長の目は蔑みの色に満ちている。 ミハエルはM属性ではないので、はっきり言ってイラッとくるだけで胸がきゅんとなったりもっと罵って下さいと悦に浸ったりはしなかった。 むしろ、怒鳴ったり罵倒したりしながらいちいち突っかかるアルトの方がその気があるのではないだろうか。 わざとやっていないにしてもタチが悪い。いじめたくなる。しまいには泣かせてあんあん言わせたいところだ。 「なににやにやしてるんだよ。もしかしておまえマゾか?バカと言われて喜ぶマゾなのか?」 「違う!おまえと一緒にするな」 「なんだと!?俺のどこがマゾだって言うんだ!」 「存在がだ!」 「意味分んねえよこの変態サディスト野郎」 「サドだろうがマゾだろうがどうでもいいんだよ、それよりどうするんだ」 「聞きたいのはこっちの方だボケカスヤリチン!」 「誰がカスだ!」 「突っ込むところはそこだけか?そこだけでいいのか?」 シャッターの閉まった店の軒下でぎゃんぎゃん怒鳴り合う男子高校生ふたりの姿に、人々は微妙に距離をあけて足早に通り過ぎていく。 周囲の様子に気づいて、ふたりは黙りこんだ。 「・・・おまえ今日雨降らないって言った」 「間違えたんだよ。朝ちらっと見たニュースの天気は今日のじゃなくて四日前のだった」 「明日とか明後日のとかならともかく何で過去の分と間違えるんだよ!ふざけんな」 「おまえね」 はあぁ、と盛大にため息をついて、肩を寄せ合っていたアルトの方を向く。 「じゃあおまえがチェックしろよ。こっちはぎりぎりまで起きないおまえを叩き起して着替えを渡してやって髪まで結んでやって腕ひっぱって食堂連れていったり忙しいんだよ!せめて起こしたら一回で起きろ!」 「起きるよ!起きるけど二度寝しちゃうんだから仕方ないだろ」 拗ねたようにそっぽ向く。 実家にいた頃はもっと規則正しい生活をしていたはずではなかったのか。 もしかしてお手伝いさんに「坊ちゃん朝ですよ起きて下さい」とでも起こされていたのだろうか。名家の家庭内事情は分からない。 ひらひらスカートのメイドさんが優しく微笑みながらおはようございますのチュウとかしていたらどうしよう。ここはやはり自分がおはようのチュウをしてやるべきなのだろうか。その場合ほっぺたにするべきか、ここは大人の余裕を見せて唇にしてやるべきか。しかし相手は寝ている。おはようのチュウは起こすための行為であって、唇に触れてはいおしまいでは意味がない。だからと言って朝っぱらか濃いキスなどしたら大変である。それに寝ている相手にそんなことしても楽しくない。やるなら徹底的にがミハエルのモットーだ。 「分ったよ。明日からは鼻つまんでチュウするから」 「ハァ!?」 何の話だそりゃ、とアルトは顔をひきつらせて三歩あとずさった。 屋根から落ちる水滴が肩にかかって染みを作っていく。薄い制服がじっとりと濡れて広がっていった。 「おまえの脳みそがどうなってるのかさっぱり分からないんだけど俺」 「見せてやりたいのは山々だが想像してくれとしか言えないな」 「想像したらぶっ殺したくなるんですけど」 「痛くしないでください」 それより濡れてるぞ、と腕をひっぱられ、肩を抱き込まれた。言っていることとやっていることがバラバラで困惑する。むしろ黙ってろと言いたい。 色とりどりの傘が目の前を通過していくのをぼんやり眺めながら、さりげなく熱を帯びたミハエルのてのひらを外して横目でちらりと見る。黙っていればいい男なのに、と、自分のことを棚に上げて考えた。獲物を狙うときの鋭い目も、皮肉っぽくつりあがる唇も、はじめはなんていけすかない奴だと思ったが今では嫌いではない。 まじまじと見つめるアルトの視線を感じながら、ミハエルは気づかないふりをして正面を見ていた。思わず緩みそうになる頬に力を入れて無表情を作る。ここで笑ったりからかったりすればきっとまた彼は怒ってそっぽ向いてしまうだろう。 自分が見つめられている、というのは気恥ずかしいが、とてもうれしいものだ。それが好きな相手ならなおさら。だがそれ以上に、見られるより眺めていたいとも思う。彼の背中を何気なしに見つめている時、居眠りしているのを微笑みながら眺めている時。たまにびくりと体を揺らして顔を上げ、なんだよと不機嫌そうに尋ねるのがたまらない。今俺の視線に気づいたのだろう、とからかいたくなる。どれだけ熱い視線を送っているか、どれだけいつも見ているか、きっとアルトは気づいているのだ。 「なあミシェル・・・」 「ん」 なんだよ、と横を向くと、やはり長いまつげを揺らしながらこちらを見ているアルトの瞳とぶつかった。 「キスしてみるか?」 「・・・・・・・・・・・え?」 なにこれ、なんだこれ。どういう展開?これは白昼夢ですか? ぐるぐると混乱しつつぽかんとしているミハエルに、アルトは舌を突き出した。 「嘘だよばーか」 「・・・・・・・・・・てっめえ純情な男心をもてあそびやがって」 一瞬本気にして思考停止した自分が恥ずかしくて怒鳴る。つきあってられるか。 ばかばかしい、と、ミハエルは濡れて色の変わった道路へと歩き出す。 「おい、なにやってんだよ!」 「うるさいよ。おまえ明日は鼻つまんでチューだからな!息が止まる寸前まで放してやんねえから!」 「殺す気かよ!」 ああそうですよ、死にかける直前まで俺の顔だけ見ていればいい。 振り返りもせずに早足で歩くミハエルを、慌ててアルトが追ってくる。 この距離感は、きらいじゃない。 PR |
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