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いいわよ、と、シェリルは自信満々の笑みを浮かべて立ち上がった。 どよっと講義室がざわめく。 腰に手をあてて、ぐるりとあたりを見渡した彼女は窓際の席に視線をやってにやりと笑った。彼はこの騒ぎにも全く興味をしめさず、聞こえていないかのように退屈そうな顔で窓の外を眺めている。どうせ彼の頭の中は飛ぶことでいっぱいで、今クラスで何が行われているのか全く分かっていないのだろう。 「ええと・・・本当にいいんですね、ミス・シェリル?」 ぎょっとしたように、講義室の隅に立つ教師が確認すると、ホワイトボードの前にたつ生徒に目配せした。いかにも委員長、といった風貌の女子生徒がこくりとうなずき、マジックで文字をなめらかに書いた。 『主演:シェリル・ノーム』 しかし後をどうしよう、と眼鏡を押し上げるしぐさで間を計っていると、立ったまま小悪魔のようないたずらっぽい笑みを浮かべたシェリルが再び口を開く。 「ただし、相手役はアルトで」 「・・・・・え?」 「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」 委員長の呟きは無視され、一呼吸の後クラスに集まっていた三十人ばかりの男女が一斉に声を上げた。 その声は遠く離れた別の校舎にまで響き渡っていたという・・・。 *************************** 時は近未来、舞台は中世ヨーロッパを思わせる、美しい湖の国フロンティア。 自然と科学が絶妙なバランスで共存し、人口一千万程度の小さな国は世界の争い事など別次元の話であるかのように、平和であった。 国境から草原と湖を超えた城下町、周囲の山々から見下ろせば白亜の宮殿がそびえたつ。馬から降りてその宝玉のような城を眺め、隣国ギャラクシーの王子シェリルは目を細めた。 「あれがフロンティアの城か。まるでおとぎ話のように美しい。思えば私が生まれ育った国は合理的でリアリティに満ちた世界ではあるが、この優美さとすがすがしさには到底及ばぬ。・・・ああ、もう日が暮れるな。ルカ!」 「はい、王子。この山を下ってフォルモ平原を抜ければすぐに城下町へと到着するでしょう」 「門まで迎えをよこすと言っていたな。待たせるのは悪いだろう、急ぐぞ」 「はい」 シェリルと、忠実なる従者ルカは巧みに馬を操りながら、山を下って城下町を目指した。 フロンティア城の最上階。 白い手すりにつかまり、彼女はバルコニーから沈みかけの夕陽を眺めていた。 深い青の長い髪、白く人形のように美しい顔立ち。 憂いを宿した表情は見る者すべてをはっと言わせる妖艶さとつい手を差し伸べたくなるような無邪気さとが同居していた。 年の頃は17,8。すみれ色のドレスをまとい、ひと房だけまとめ上げた髪には白い花弁の飾りが揺れている。 ものも云わずただじっと空を見つめる少女の背後から、大きな影が現れた。巨人族の血統をひくフロンティア王国第18代国王トクガワである。フォルモの平民の出で決して高貴な血筋ではないが、彼の国民主義のまつりごとは絶対的な支持を得ていた。 のちにフロンティア史上伝説の賢王として名を残す人物である。 「顔色が優れぬな、アルト姫。体調でも悪いのか」 「お父様。いいえ、そうではありません」 「ではなぜさきほどからため息ばかりついておるのだ。あと数時間もしないうちにおまえの婚約相手が到着するというのに」 優しい国王の顔を見て、姫は微かに眉尻をさげ、小さくかぶりを振った。 「どのような方かも知らない相手と結婚するのは嫌だと申し上げたはずです」 「姫よ。これは国とおまえのためを思っての決断なのだ。シェリル王子はギャラクシーの二番目の王子。王位継承権はないが、その人物たるやギャラクシーのみならず周辺の国々にも評判と聞いている。だがもし直接話をして、おまえに相応しくないと判断すればきちんと断ろう。おまえの意見を最優先させることも誓おう」 アルト姫は国王のはっきりとした声音に驚いて、顔を上げた。 「それは本当ですかお父様」 「もちろんだ。わしは一国の王であると同時におまえの父親。娘の幸せを願わぬ親などどこにいるか」 大きな手をさしのべ、国王は笑う。 アルト姫は安堵したように、そのてのひらに乗って腰を下ろした。 沈んでいく橙色のあかりをふたりで見つめていると、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえ、やがてひとりの兵が駆け込んできた。 「何事だ。姫の前だぞ、無礼な」 「申し訳ございません。しかし、緊急のご報告が」 「シェリル王子が到着したか?」 「いえ、それはまだ・・・。例の組織【ゼントラン】の青の騎士を天空門付近で見かけたとの情報が得られました」 「あの忌々しいやつらか。城の近くで何をうろうろしているのか。目撃しだいすぐに捕えろ!」 「はっ」 慈愛に満ちた表情を一変させて命令する父に、アルト姫はおびえたように体を震わせた。 「お父様、青の騎士とはなんです?」 「ああ、姫。気にしなくていい。何も心配はいらん」 国王はすぐに笑顔を浮かべると、姫をそっとバルコニーにおろした。 「さあ、そろそろ王子が到着するだろう。おまえも支度をしなさい」 「はい」 背を向けて去っていく父の姿に、アルト姫は不安げに顔を曇らせたのだった PR |
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レジェンド・オブ・フロンティア(王子と姫と青の騎士)プログラム概要
※パラレルではありません(劇中劇です)
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SMS内に取調室なんてあったのか。 私はものめずらしげにきょろきょろと周囲を見渡した。 狭い部屋に、窓には鉄格子。がたがたと足のなる机に、椅子がニ脚置いてある。 入り口のすぐそばには机と椅子。ドラマの世界だ。 きっとここで、怒鳴る刑事とそれを宥める優しい顔をしているつもりの刑事がいて、その向かいに犯人がふてくされた表情でそっぽ向き、苛立った刑事が机を叩くか下品に蹴るかして犯人に殴りかかり、もうひとりの刑事がそれを止めるのだ。 パターン化されすぎて何のおもしろみもない。 そしてその光景が、今まさに目の前で繰り返されようとしていた。 もう一度繰り返しておくがここは民間軍事プロパイダーであり、表向き、引越しから他船団への空輸まで請け負う運輸会社であって断じて警察ではない。 「ちょっと調べれば分かることだ。確かに掲示板に人の名前を騙って投稿するのはできないことじゃない。特にSMSの隊員はパスワードがすぐに察しつくからな。これについては広報部に後で文句を言っておく。だが誰でも名前を騙ることができるからこそ、誰でも犯人の可能性はあるからここから絞り込むのは面倒だ。だがもうひとつのくっだらねえ落書きがまずかったな。あんなことができるのは格納庫でヴァルキリーに近づいて作業していても怪しまれない整備員しかいない」 肘をついて、得意げに語るオズマの後ろにはミシェルが何故か愛想笑いを浮かべて立っている。 だが、私はそれが本物の笑顔でないことに気づいていた。だてに幼馴染みをやっていない。ミシェルは笑顔という仮面をはりつけることで人と壁を作ることに慣れているのだ。 本音を隠す天才だとでも言うのだろうか。その仮面がはがれるのはジェシカの件くらいだろうか。ああ、あとは・・・。 オズマの勢いに気圧され、うなだれて沈黙したままの犯人は、やがてぽつりと呟いた。 「だって・・・あんたは俺の姫を・・・・・」 「『俺の』?」 「姫ぇ?」 オズマとミシェルが同時に、眉間に皺を寄せて声を上げる。 「俺の姫を・・・シャワー室で襲ったじゃないか!あんな、あんな破廉恥な・・・」 「おいちょっと待て」 慌ててオズマが腰を上げようとした。 ミシェルはきらりと光る眼鏡を押し上げ、納得したような顔をした。 「つまり、腕っ節では隊長に勝てないから、あんな真似をしたと?」 「仕方ないだろう!鍛え方が違うんだから!!」 だからといってバルキリーに落書きするか? 犯人の男は肩を震わせて、目に涙を浮かべた。うるうるさせてもちっとも可愛くない。 「ちょっと待て、じゃあの姫のシャワーシーン・・・盗撮したのおまえかァ!!」 がしゃーん。 ミシェルが怒鳴ると同時に、おもしろいほどに軽々と机が浮いて、床へと沈んでいった。 これがかの有名なちゃぶ台返しというやつか。いつの間にこんな技を見につけたのだろう。 日本特有の、由緒正しき伝統なのだと昔ジェシカが言っていた。 何て美しい一発芸。惚れ惚れする。 「このド変態野郎が!」 「ちっ違うあの写真は買ったんだ!盗撮したのは俺じゃない!!」 「・・・買った?どこから」 「それは」 男はおどおどと目線を上へやったり下へやったりしながら、口ごもった。 「メモリスティックですか?」 きょとん、と目を丸くして、彼はごそごそと机を漁り始めた。 山積みになったファイルや書類が雪崩を起こしてばたばたと床へ滑り落ちていくが、慣れているのかまるで気にも留めない。 SMS回覧を担当している広報の男はしばらくそうやって捜していたが、私たちがしびれを切らせ始めたところへあった!と大きな声を上げてそれを掲げた。 「これです」 「それがルカから渡されたやつか?」 「ルカ?ああ、備蓄倉庫の管理システムについて新しいプログラムを組んでもらったので、その記事と簡単な説明ファイルですが」 「じゃあこれは?」 ほれ、と、パソコンのキーボードの上にぽつんと置かれている、同じ色形をしたメモリスティックをミシェルが手に取った。 「あ、それは」 「ふーん。妙だなあ。なんでわざわざ極秘、だなんてシール貼ってるわけ?おかしいよな」 本当に極秘データなら、そんな阿呆なことはしないだろう。 誰でも盗み取れるようなところに置いてそんなシールが貼られていれば、ちょっと魔が刺したやつなら誰でもこっそり持っていくことができる。 仮にも民間軍事プロパイダーとして特殊な訓練やプログラムを受けたSMSの中尉ともあろう者が、そのような子供みたいな処置を施すわけがない。 「このシール見たことあるぞ。確か子供用菓子のおまけだな」 腕を組んで、オズマが身を乗り出しながら言った。 菓子とおまけどちらが本当のおまけなのか分からない、そんな商品ならスーパーで見たことがある。 しかし一発でそうと分かるオズマが何だか気持ち悪い。だが追求するのは後にしよう。 「ちょっと失礼」 「あ」 すかさずミシェルがそれを彼のパソコンに差し込んだ。機動音がしてモニタがニ、三回揺らぐ。 開いた『再生しますか』のパネルにOKの指示を出してしばらく待っていると、写真と思われる画面の、小さなサムネイルがモニタいっぱいに映し出された。 「なにこれ」 「・・・・・・これ、アルトばっかじゃないか」 「本当だわ。じゃあやっぱり」 「違う!これは、」 言い訳しようと男が腰を上げた瞬間、激しいノックと同時に失礼します、という声がして扉が開いた。 「ルカ」 「あ、みなさんおそろいで。どうしたんですか」 「おまえこそ・・・」 そうだ、このメモリスティックは、じゃあルカがこいつに渡したものとは別物なのか? それを尋ねる前に、ルカはパソコンに突き刺さっている極秘シールのついたそれを目に留めて、あああ、と両手を挙げた。 「それは・・・」 「・・・・ルカ、この持ち主はおまえか?」 「えーっと。厳密には違いますけど、中尉にそれを渡したのは確かに僕です。でも何でそんなこと知ってるんですか?」 ・・・つまり、私が目撃したあの場面でルカが彼に渡したのは、確かにただのSMS回覧のデータだったようだ。 そうすると、こいつは実に間の悪いタイミングでここへ現れたことになる。 「どういうことだ」 説明してもらうぞ、と私たち四人の視線を受けて、ルカは困ったように苦笑した。 おそらく誰もが不思議に思っていることがある。 【どうしてルカ・アンジェローニはそれほどまでに早乙女アルトに懐いているのか?】 確かにアルトの飛行技術はなかなかのものだ。芸能コースからパイロット養成コースへ編入し、たった三ヶ月で単独飛行までこぎつけたのだからもともと才能はあったのだろう。 だが、それよりもずっと早い段階でルカは空を飛んでいたのだから、憧れなどという感情が沸くのはよく分からない。 むしろそこは嫉妬するところではないのか? あのルカがそんなどす黒いものを抱えているとはあまり思いたくないが、あのミシェルでさえ実は密かにライバル心を持っていることは私も知っている。 いつ自分を追い抜いてしまうだろうと恐れながら闘志を燃やすのはいいことだ。お互いの成長に繋がる。 だがルカはそうではないらしい。ただ単純に懐いている。まるでご主人様にじゃれつく子犬のようだ。 「いやだなあ、僕が盗撮なんてそんなことするはずないじゃないですかぁ」 ぷう、と頬を膨らませてルカが抗議する。 何だか私たちの方が彼をいじめる悪人のようで、ちょっぴり胸が痛む。 これが計算だとしたらもうSMS内で彼に適う者などいないのだろう。あのオズマや艦長でさえルカには弱い。 まだ子供だから、まだ未成年だから、見かけが幼いから。本当にそれだけだろうか。 無邪気なようでいてなかなかに大人びた性格のルカが素の表情を見せることはめったにないと言っていい。 これでもこいつはLAIの技術顧問なんてやっているのだ。末恐ろしい世の中である。 「私たちも、そう信じたいわ。説明してくれる?」 キャシーの表情も何だかいつもより穏やかなのはきのせいではないだろう。 もしかして年下好みなのだろうか。いやしかしオズマとは全然違うような。 待てよ。そういえば彼女は今婚約者がいると言っていた。レオン三島とかいう、大統領の首席補佐官だ。 といっても私は面識はないし、テレビで見るレオンはあの奇抜な髪型しか印象にない。 あとはなんだかねっとりした感じ。何がねっとりなのかは分からないが。 まあいいか。 「そのメモリスティックは確かに資料として借りました。欲しいものは手に入ったので、次にまわしたんです。その相手が中尉殿です。ね?」 「そうです」 「分からん」 資料とは何のことか。オズマが天井を見上げて息をぶつけた。 ルカは珍しく焦ったようにきょろきょろとしながら、自然とミシェルと目が合ったようで、ミシェルが観念しろという風に唇の端を持ち上げて見せたのでルカはピンク色の頬を微かに膨らませた。 「SMS回覧と同じようなものです。あ、そのメモリスティックに限らないですよ。あまり公に知られるとちょっと支障があるものとか、必要な人にだけにまわすんです。それは写真だったり極秘開発プログラムだったり色々です。でも確かに個人のプライバシーを流用したりしたのは事実です、ごめんなさい」 泣きそうな顔をうなだれるルカに、おそらく誰しもが内心焦ったに違いない。 ああ見かけがいいと得だなあ。確かアルトに対してもいつも同じことを思うっけ。 私は見かけに関しては損をするばかりなのに。 「何に使う気だったんだ?」 「・・・そのまま使おうとは思っていませんでした。ちょっと加工して、ぱっと見アルト先輩だとは気づかないようにするつもりで」 「何を?」 ・・・そういえば。 「ええと、なんて言っていたかしら・・・このままだとばれるので適当に処理して合成?するんだとか」 ボビーが言っていたのはこのことだったのか。 「実は僕の二番目の兄がアルト先輩の熱狂的なファンなんです。と言っても歌舞伎の女形をやっている先輩なんですけれど。しかもファンになったのは最近で」 諦めたようにぼそぼそと語りだす。 「過去の舞台の映像を見て一目惚れしたんだとか。でもアルト先輩はもう舞台を降りちゃったでしょう?残っている映像のデータも多くないし、同じものばかりを見ている兄が不憫で」 「不憫てオイ」 財閥の兄弟の割に、アンジェローニ家は仲が良いようだ。 金持ちの家族は仲が悪いというのは、私の勝手な偏見だろうが。 まあこんな調子だし、きっとルカは家族にも愛されて育ったのだろう。 「もうすぐその兄の誕生日なんです。それで、何が欲しいかって聞いたら、稀代の女形早乙女アルトのプロマイドなんてあったらなーて、笑いながら言うので・・・」 「アルトの写真を加工してプレゼントしようと?」 「はい・・・」 「・・・・・おまえねー・・・」 怒るに怒れず、オズマたちは深いため息をついた。 「でもばれないようにって誰に対して?こっそり加工してその兄にプレゼントするだけなら、アルトだってばれないようにする意味が分からないが」 話がちぐはぐだぞ、と指摘するとルカは開き直ったかのように肩をすくめた。 「僕、アルト先輩と仲良しだなんて兄には言ってないんです。ていうか化粧をしていないアルト先輩を見ても本人と気づかないくらいで、去年クラスで撮った写真を見ても兄は反応しませんでした。気づいたら兄に自慢しようとまで思っていたのに結構肩透かしで。その後も兄のアルト先輩好きは熱くなる一方なので今さら先輩と仲良くしているなんて分かったら、あの兄のことですから絶対学校に押しかけてくるに決まってます」 「そりゃ確かに女形のアルトと普段のあいつを見比べてすぐに同一人物だと判断できる人間は少ないだろうな」 「ええ。ショック受けるか納得するかふたつにひとつね」 ・・・私の身近に、歌舞伎役者早乙女アルトを、彼が素の顔で普通に登校した学校で何の疑問も抱かず発見し大騒ぎした人物がひとりいるが。 「なんだ、つまりアルトにばれないように加工するんじゃなくて、兄ちゃんに前見せた写真にアルトが写っていたことがばれないように加工するのか。ややこしい」 「すいません」 聞けば、メモリスティックに大量に保存されている写真は誰かひとりが盗撮したものではなく、様々な場所で偶然チャンスを掴んだ有志たち(この言い方もどうかと思うが)によって撮られたものだという。 それを【秘密の回覧】として回してこっそり楽しんでいたわけだ。 全く趣味が悪い。おおっぴらにきゃーきゃー言っている女たちの方がよほど健全だ。 まさか私の写真も知らないところで撮られてはいないだろうな。 「あの、アルト先輩には内緒にしておいて下さいね」 縋るような目で見つめる部下に、オズマとキャシーは互いに顔を見合わせて嘆息した。 「まあ、わざわざ伝えることでもないしな。ただしこのメモリスティックは預かる。一応このマヌケ中尉のデスクで怪しいものを発見したので没収したっていうことにしておくから」 「隊長・・・」 ルカが持っていたところを没収されたとなると、【有志たち】のルカへの風当たりが強くなるかもしれないからという、オズマの無言の愛情表現だ。 そうはっきり言わないところが不器用でもあり、優しさであり、甘さでもある。 まあ仕方ないか。相手はルカだし。 ちなみに中尉はどうでもいいらしい。 「欲しい情報があると言われてお金を取るのはルール違反です」とはルカの弁。 金儲けをしようとした中尉はあの整備士ともども、艦長に知られないところでこっそり痛い目を見ることになるだろう。 そういうところはあくまで民間会社だ。これが軍なら軍法会議ものだ。 やれやれ、これでひとまず面倒ごとは解決か、と、オズマとキャシーが中尉を引き連れて行く後ろで、ミシェルがこっそりルカに耳打ちするのが聞こえた。 「なあルカ、ちなみにその写真の加工、できたら俺にも一枚くれよ」 一体何に使う気なのか、このバカミシェルは。 冷ややかな私の視線など気にすることなく、ミシェルはへらへら笑っている。 ルカは私の表情に気づいて苦笑すると、ミシェルを曖昧な返事で振り切って私に近づいてきた。 「色々面倒なことに巻き込んですみませんでした。クラン大尉」 ぺこりとお辞儀。 ああ、こういうところがアルトや馬鹿ミシェルと違って可愛らしい。 やっぱり天使だ。ちょっと頭の回転がいいだけの、良い子じゃないか。 うんうん、とうなずく私とにこにこ笑っているルカを、何故かミシェルが変なものを見るような顔で見つめていたが、気にしないことにした。 【完】 |
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うわ、大胆なセクシーショットですね。 ルカは目を丸くしながら可愛らしく首を傾げてそう言った。 もしルカ以外の誰かがその仕草をしながら言えば殺意が沸くほどイラッとするだろうに、この癒される空気は何なのだろう。 さすが天使の顔をした小悪魔、とちらりとルカを見ると、視線が交わって何故か彼は小さく笑みを浮かべた。 「でもやっぱり直接オズマ隊長に聞いた方がいいんじゃないですか?この記事投稿したの隊長ですかって。違えば犯人を捜せばいいし。それに何となく僕の勘ですけど、隊長への悪意を感じますよこれ」 「オズマへの悪意?アルト准尉じゃなく?」 「だってどうせ誰かが気づきますよこんなの。そしたら騒ぎが広まって、この間の事件の時みたいに・・・」 「確かに。盗撮されたアルトには同情が集まって隊長の威厳が失墜するって寸法だな」 「なるほど」 ならば、ルカの言うように直接オズマに誰かに恨みを買った覚えはないかと尋ねれば近道というわけか。 私たちはルカとともに、オズマのところへ行くことにした。 すれ違う隊員に居所を尋ねると、どうやらアルトの訓練を監督しているらしい。 我々四人がぞろぞろと歩いているのを見て、彼らは怪訝な顔をしたがキャシーが一緒のところを見て顔を綻ばせた。美人は得だな。少しだけむっとする。私がいることを忘れていないか? トレーニングルームへ足を踏み入れると、ちょうどシミュレータからアルトが出てきて、ヘルメットをとったところだった。すぐ側でオズマが腕組みをして仁王立ちしている。なにやら文句を言っているようだが、ミシェルといいオズマといい、アルトと言い争いをするのは日常茶飯事のことなので驚きもしなかった。よくもまあ、上司に向かってへらず口を叩けるものだと感心する。殴られようと怒鳴られようと、アルトの高慢チキな態度は相変わらずで、だが上手く時と場合によって使い分けているので要領がいいのだろう。 「隊長!」 ミシェルが声をかけると、ふたりはぴたりと口を閉ざして振り向いた。 「なんだおまえら、ぞろぞろと。どうかしたのか」 クランとキャシーまで、と怪訝な顔をする。確かに学生組の中に私やキャシーが一緒にいるのは珍しい光景だろう。 だが、ふとミシェルは立ち止まり、後ろに立つ私たちを見て眉を寄せた。声には出さずに、「どうしよう」と唇が動く。そうだ、アルトがいる。オズマだけを呼び出すのは何だかおかしいし、だからと言ってここであの画像を見せればアルトは激怒するだろう。面倒なことになる。 「隊長、アルト先輩の訓練は終わりですか?だったら僕、先輩に見て欲しいものがあるんです」 すかさず、ルカがにっこり笑って進み出た。 「ああ、今日はもう終わりだ。いくら無理したところでバカは治らん」 「なんだよバカって!!」 「まあまあ。先輩、じゃあシャワーご一緒します」 「ん、ああ。いいけど」 ちらりと私たちを見て、いいのかと確認するようにルカを見る。ルカはうなずいてアルトの腕をひっぱるとそそくさとこの場を去っていった。気が利くやつだ。 まだまだ未熟な部下ふたりの背を見送って、オズマは嘆息した。やれやれ、というやつだ。眉間に皺を寄せてため息ばかりついていると老けるぞ、と言ってやりたい。何度か、アルトがオズマのことを影で「おっさん」呼ばわりしているのを教えてやろうか。 「で、どうしたんだおまえら」 「オズマ・・・少佐。あの、これ書き込んだのはあなた?」 「ああん?」 キャシーが、ミシェルの端末のモニタをオズマに向けて指をさす。 オズマは顎ひげをさすりながらしばらくじぃっとそれを眺めていたが、やがて腰を伸ばして肩をすくめた。 「確かに投稿者は俺の名前になっているが、俺じゃない。そもそもまだその回覧見てないぞ」 「やっぱり」 投稿されている記事の内容は何の変哲もない、要望だった。オズマの性格上、そういったことは直接担当者に告げるだろう。彼をよく知るものならばおかしいと気づくはずだ。 「隊長のパスを使って誰かが書き込みをしてるんです。それだけでもじゅうぶん犯罪行為ですけど」 「ただのいたずらじゃないのか?」 「・・・それにしてはやりすぎ」 キャシーが辺りに誰もいないのを確認して、書き込まれたアドレスにジャンプした。 次に現れたパスワード入力画面にためらいもせず【SK01】と入れる。 「うわっ」 オズマは思い切り顔をひきつらせてあとずさった。 「おいなんだこれは!」 「これが問題になっているんです。念のため確認しておきますけど、これ写したの隊長じゃないですよね」 「んなわけあるかバカ!」 殴るぞミシェル、とすごむオズマに、ミシェルはへらっと笑って、ですよねー、と頭をかいた。 「誰かに恨みを買ったのか」 つい声に出してしまった。 全員がぱっと私を見るので、少しばかり居心地の悪い思いをしたが、誰もが知りたいことだろう。すぐにオズマへと向き直る。 オズマは癖のように顎の無精ひげをさすりながらううん、と呻いた。 「そう言われてもな・・・」 SMSは体育系のノリだし、殴り合いの喧嘩騒ぎなどは日常茶飯事だがそれをいつまでも引きずるようなナヨナヨした人間はいないはずだ。しかしオズマの性格上、彼の気にしていないところでトラブルを招いた可能性はある。 たとえば肩がぶつかっただけでも、オズマは気が付かなくてもぶつかられた本人は相当痛い思いをして医務室に駆け込んだかもしれない。 ランカのことに関しては細々とうるさいくせに、他人のことになるとまるで気にかけないまさに兄バカである。 「でもちょっと待って」 キャシーが、唇に人差し指を持っていって口を開いた。何だか大人の色気を感じさせる仕草だ。今度私も真似してみよう。 「アルト准尉も関係しているんじゃない?」 わざわざこんな写真を載せるくらいだし、という彼女の言葉に、それもそうだと全員がうなずいた。 シャワーを浴びに行くと言っていたふたりを談話室で待つことにして、私たちはオズマも一緒にぞろぞろと廊下を歩いていた。 前を歩くとオズマとキャシーがなにやら軽口を叩き合っている。なるほどかつての恋人同士か。それほどぎくしゃくしていない様子からすると、もう吹っ切れたのか、それとも表立っては分からない未練のようなものが存在するのだろうか。私にはまだ男女のことは分からない。 分からないといえばミシェルだ。 どうしてこうも女漁りに精を出すような男に育ってしまったのだろう。そんなことではジェシカが天国で泣いているぞ、と思いつつも、そのジェシカがいない寂しさを埋めるためなら私には何も言えないのだ。 悔しいことに、私は星の数ほどいるだろうミシェルの恋愛ごっこのお相手役は務まらない。 ばたばたと慌しい足音が聞こえて、立ち止まる。 すぐ前を走り去ろうとした男がひとり、こちらに気づいて足を止めた。 「あ、オズマ少佐!」 「ん?」 彼は整備士のようだった。汚れたつなぎに、軍手をしたままだ。 よほど慌てていたのだろう手にはスパナが握られていて、ここが街中であれば危険人物として即逮捕である。 「大変です」 「どうした」 まさか整備中に何か事故でもあったのかと、私たちは顔を見合わせた。 だがそうであればわざわざオズマを探す理由が分からない。 男は肩で息をしながら、オズマを促すように手をぶんぶん振った。 「落書きですよ落書き!少佐のバルキリーにあろうことかペンキで落書きされてるんです!」 「なんだとぉ!?」 オズマはいきり立って、整備士を追い越して走っていった。 「なんてことを」 キャシーもミシェルも呆然としている。 戦闘機乗りにとって、自身の乗る機体は生死をともにするパートナーなのだ。それを汚すことなど許されるはずもない。銃殺ものだ。 ともかく、私たちはオズマを追って格納庫へと走った。 途中、はじめの目的地であった談話室を通りかかる。 するとちょうどそこから出てこようとした他の隊員と鉢合わせになり、オズマはたたらを踏んだ。 「おっとすまん」 「ああ、オズマ!おまえ大変なことになってるぞ」 「バルキリーだろ!分かってる!今からいくところだ」 「バルキリー?いや違う・・・」 「なら後にしてくれ!今急いでるんだ!」 そう言って彼の話を遮り、彼は再び全速力で駆け出した。 「・・・いいのか」 ぽつりと呟く隊員を気の毒そうに見て、キャシーがそれに続く。 私は彼が何を言いかけたのか気になったが、ミシェルが急かすので仕方なく彼らに続いて走った。 ところで、どうして私まで走っているのだろう?そもそも、何をしてたっけ?段々分からなくなってきた。 格納庫に着いたときにはすでにオズマは自分の機体を見上げて佇んでいた。 一体どんな落書きをされたのだろうと同じように上を見て、思わずぷっと吹き出してしまった。 良かった、誰にも聞こえなかったようだ。 「・・・なあミシェル。誰かここで幼稚園児を保育しているのか」 「そんな話は聞いたことありませんね」 「だよなあ」 オズマは怒りを忘れてただ茫然自失の表情でぼんやりしている。 彼の乗る、イエローのラインが入ったVF-25Sの胴部分に、白いペンキででかでかと絵が描かれている。 これがへのへのもへじや単なる記号であればまだいい。バカだのカスだの低レベルな悪口だったとしてもまだ想定内だ。 だが、その落書きは非常に判断に苦しむものだった。 「・・・・このマークって」 「うんちマークだな」 「だよなあ」 よりにもよって、隊長機にうんちマーク。いくら白のペンキで描かれているからといって、どう見ても可愛らしいソフトクリームには見えない、見事なうんちマークだった。 「・・・少佐」 同じように困惑した表情で見つめていた整備士たちがぞろぞろと集まってきて、おそるおそるオズマに話しかけた。 「これは・・・一体」 ああそうだよな、反応に困るよな。 怒鳴ることすらできないでいるオズマに、おそらくこの時間の責任者なのだろう中年の整備士が帽子を取ってやる気のない敬礼をして見せた。 「このペンキはすぐに落とせますのでご心配には及びません」 「あー・・・。そうか。よろしく頼む」 「はい」 「なんか、すまんな」 何故オズマが謝る。 その場にいた者全員がそう思ったが、口には出せずにいた。 「これは明らかに隊長への嫌がらせですね」 「ううむ。本当に心当たりはないのかオズマ」 がっくりと壁に手をついて途方に暮れているオズマに、尋ねる。 「なあ、これってやっぱりあのSMS回覧の偽記事投稿者と同一犯だよな」 「あ、忘れてたわ」 うっかり、といった顔のキャシー。この女、本当にかつてのオズマの恋人か? 「しかしミシェル。格納庫では常に誰かが整備をしているし、誰でも出入りはできるが人の目が途切れることは少ないはず。そこへあのような堂々とした落書きができる者などこのSMS内でも限られるのではないか?」 「おっ、名探偵クランのお出ましか?」 「茶化すな」 にやにや笑うミシェルを睨んで、私は難しい顔で腕組みをした。 ところで、私は何をしていたんだっけか? |
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【ボビー・マルゴの証言】 ルカちゃんならさっき、ここでジュース飲んで行ったわよ。 端末?見てたけどいつものことでしょう? 何か新しい解析方法でも見つけたのって聞いたら、あの愛らしい笑顔でちょっと違います、なんて言ってたわ。 何だか嬉しそうだったけど、いいことでもあったのかしらねえ? ボビーは、ブリーフィングルームのカウンタで、私には理解できない文字の書かれた硝子瓶を手に持ちああでもないこうでもないとグラスに入れたり氷を砕いたり忙しそうにしていた。 ここに彼、いや彼女?が立っていなければならないという決まりはもちろんないのだが、何故か大抵ここにいる。 世話好きで世間話が大好きな、心は乙女の操舵士だ。始めは近づきがたかったが、自然と会話をするようになるとこんなにも話していて楽しい友人はなかなかいないと知らされる。 ひとりミシェルのことでくよくよしていたときに、そっと暖かい飲み物を出してくれたり、戦闘でミスをして落ち込んでいたときにとっておきの笑い話でお腹が痛くなるほど笑わせてくれたりもした。 本当にいい奴だ。きっと、SMSの連中はみんなそう思っている。 「その端末に何が映っていたか知っているか?」 是が非でもルカの不自然な態度を究明したくなった私は、ずいとカウンタに腹を乗せて身を乗り出した。 ボビーは困ったように片頬に手をあてて、考え込む。 「見えなかったわねえ。ああでも確か、別のときだったけれどモニタを見せられてこれどう思いますかって聞かれたことあったわねえ」 「いつだ?何が映っていた?」 それは貴重な証言だ。 「でも多分関係ないと思うわよ。あの写真は」 「写真が映っていたのか?」 「そうそう。アルトちゃん」 「アルトぉ?」 何故そこにアホの新人が出てくるのだ。 眉をひそめて腕組みをすると、ボビーが実にセクシーに首を傾げた。 「ええと、なんて言っていたかしら・・・このままだとばれるので適当に処理して合成?するんだとか」 「なんだそれは」 全く意味不明だ。しかもなにやら穏やかじゃないぞ。 「ひとりごとでぶつぶつ言っていたからよく聞こえなかったのよね。なあに、て聞いたら、いえ何でもないですって笑顔でかわされちゃった。ああ見えてなかなか強かなのよねあの子」 それは私にも分かる。 むしろ、あのアルトよりはずっと大人な気がする。外見はともかくあの小さな頭の中の脳は常にフル回転しているに違いない。 だが最近の彼の浮かれ具合にはアルトが関係しているらしい、ということまでは分かった。 それが直接本人には知られておらず、彼の写真が大事なキーワードになっているらしい。 アルトの写真は正直言ってかなりたくさん出回っている。女性隊員の中にはこっそり奴を狙っているのも多いし、影からファン目線で追いかけているのもいる。 あいつの顔以外にどこがいいのか私にはさっぱり分からないが、顔がいいというのは多少性格に難があっても許されるという非常に便利な特権だ。みんな騙されている。 あ、とボビーが声を上げたので顔を上げると、彼がほら、と綺麗にマニキュアの塗られた人差し指で廊下をさした。 ガラス張りになっている窓へ目を向けると、ルカが、顔は知っているが名前までは分からないSMSの誰かと立ち話をしているのが見えた。ルカはにこにこ笑いながらメモリスティックのようなものを男に渡している。 用はそれだけだったのだろう、そのまま去っていく男に手を振って、ルカがこちらに向かって手をあげた。見ていたのに気づかれていたらしい。 「お帰りルカちゃん。そうだ、さっき食べ損ねたでしょう、マフィンあるわよ」 「わーい、いただきます。クラン大尉、お疲れ様です」 「あ、ああ」 チャンスだ。 私はちびちびとジュースを飲みながら、隣に座って両手で頬杖をついているルカに話しかけた。 「さっき、あいつに何か渡してなかったか?」 するとルカはきょとんとした顔で目をぱちくりさせると、ああ、とうなずいた。 「SMS回覧の記事データですよ。備蓄倉庫の管理システムをアップデートしたのでそのお知らせと、一応詳しい説明ファイルをつけておきました」 「それだけか?」 「どうしてですか?」 一点の曇りもない笑顔で返される。 怪しい。 私の直感がどす黒い何かを警告している。 SMS回覧は、バインダーに紙を挟んで人伝いにまわす・・・わけではない。そんな面倒かつ非効率的なことはしないだろう。 回覧とは言うものの、方法はメルマガのようなもので、隊員全員へ一斉送信されるのだ。ただ必ず全員が目を通すようにと義務付けられているため、携帯もしくは個人専用のパソコンでデータを受け取ったら閲覧しました、というマークを残すことになっている。 これで、管理している側は誰が署名していないか一目瞭然というわけ。七日以内に署名しなければ警告メールが届く。どんなに些細なお知らせであれ、日常生活における情報はすべからく共有しなければならないという方針らしい。 またまわってきた報告に対して疑問点や意見がある場合、設けられた専用記事に書き込みをすることでリアルタイムかつダイレクトに伝わる。 たまにやりとりが加熱して炎上することもあるが、みないい大人なのでその辺はわきまえている。決してバカだのチネだの低レベルな争いには発展しない、はずである。私が知らない間に書き込みされて即管理者によって削除されているという可能性もあるが。報・連・相とはよく言ったものだ。 どうにもルカのことが気にかかるが、彼と仲のいいアルトやミシェルがそれほど気にしていないということはやはりただの杞憂だったのか、と思っていた頃。 ピピッ、と電子音がして、端末に新規メールが到着したことを告げた。 件名はSMS回覧。画像データなどが添付されていることがよくあるそれは、容量が大きいため端末で受信する者が圧倒的に多い。携帯で受信を確認した後、端末でそれを閲覧することはよくある。ルカと違って私たちはそれほど端末を持ち運びすることはないからだ。 「ルカはメカオタ」だからな、といつだったかミシェルが笑って言っていたが、「メカオタ」が何なのか私には分からなかった。聞くのも悔しいので疑問は残ったままである。 メールを開封しようとしたとき、とたとたとどこか焦ったような足音が聞こえて、それが段々こちらへと向かってきているのに気づき振り返った。見ると、キャシーが深刻そうな表情できょろきょろしている。 「どうしたのだ?」 「ああ、クラン大尉」 彼女は険しい顔をしたまま僅かに目を見開いた。 「オズマ少佐を見かけませんでした?」 「オズマ?さあ・・・。どうかしたのか」 「いえ。それより、気をつけてください。さきほどSMS回覧が配信されたみたいですけど、どうやらウイルスに感染しているようなので」 「ええ?」 今それを開封しようとしていたところだ。 ぎょっとして手を止める。 「だがそんな話は聞いていないぞ。それにすでに閲覧したやつらもいるだろうが騒ぎになっていないな」 「それは・・・」 キャシーは目をそらして、もごもごと口の中で何かを呟いた。 どうも様子がおかしい。 「うわっ!!何だコレは?!」 叫び声が聞こえてびくっと体を揺らすと、近くのソファに座って端末をいじっていたミシェルが顔を引き攣らせていた。珍しく冷静さを欠いている。 私は立ち上がって、彼に歩み寄った。 「ミシェル、どうしたんだ」 「いや・・・SMS回覧のさ・・・」 「ウイルスか!?」 「え?ウイルス?これがそうなのか・・・?」 ずれた眼鏡を押し上げる仕草をしながら、ミシェルはモニタを指さした。 キャシーが、仕方なさそうな足取りで近づいてくる。 三人はモニタをのぞきこんで、それぞれ息を呑んだ。 「これは・・・いたずら、か?」 「それにしちゃ手が込んでる。はじめは気づかなかったんだが、記載されたアドレスに、あるパスワードを何となく入力してみたらこの画面に飛んだんだ」 「パスワードぉ?おいキャシー、おまえが言っていたのはこのことか?」 「ええと・・・まあ」 なるほど、見られたくなかったわけか。 「ウイルスではないんだな」 「違うみたいだぞ」 ミシェルとふたりしてじろりとキャシーを見上げると、彼女は唇を尖らせたまま、手を頬にあてて嘆息した。 「わざわざ怪しいアドレスに飛ぼうとしてそのパスワードを入力する人間はごく少数でしょうから、まだ騒ぎになっていません。ただそれが広がると、なんていうか・・・困るでしょう?」 「誰がこんなことを」 そこに映っているのはアルトと思わしき人物の後姿だった。 思わしき、というのはぼやけているせいで、だが長い髪が垂らされている姿はアルト以外の誰にも見えない。こんなに髪の長い男は他にいないからだ。一瞬女かとも思ったが、青年特有の骨ばった体つきから男だと判断できる。両手で髪をかきあげようとしているしぐさに見えるが、思わず目を疑ってしまったのは彼が裸だったからだ。といっても上半身しか映っていないので全裸かどうかまでは確認できない。あまりに画像レベルが低く見えてしまうのは、おそらくシャワーを浴びているところを盗撮しているからだろう。白い湯気と大量の水滴がレンズの邪魔をしている。鮮明に見えてしまうと余計危ない気がするが。 「これ、明らかに犯罪行為だぞ」 けしからん、と指をつきつけて言うと、ミシェルとキャシーは困惑したように顔を見合わせた。 「けどなあ、何かの間違いだと思うぞ。何しろこのパスワードはあの人の、記事投稿用パスだし。その人の記事にアドレスがはってあって、それを開いたらパスワード入力画面が出たんだ。それで試しに投稿用パスをうってみたら出てきた」 「待て、何でミシェルがその投稿用パスワードを知ってるんだ」 「ああ、それは簡単だよ。パスって言ってもそれぞれの小隊の名前とコールサインの数字を組み合わせただけだから簡単に察しは付くだろう。クランは書き込みしたことないのか?」 知らなかった。安易すぎる。 ミシェルの言うとおり、書き込もうと思ったことすらないので、自分のパスワードなど覚えてもいなかった。 そもそもきちんと内容を読むことすらほとんどない。 重要な情報はネネやララミアが細かく教えてくれるので、さほどこの回覧の記事を重要視したこともなかった。 「でも、そもそもこの記事を投稿したのが彼なのかどうかが疑問だわ。どうしてアドレスと堂々と晒すのよ」 「確かに・・・。そうだ、ルカに相談してみようぜ。あいつこういうの得意だし」 「そうね、アルト准尉が気づく前に手を打ったほうがいいわね」 なにやらわけの分からないままに、ミシェルとキャシーは合意したようにうなずいて背を伸ばした。 誰かが、誰かをはめようとしているらしい。 何となくつられるようにして、私はふたりについてルカを探すことにした。
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