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信じられないわ、と綺麗な顔を歪ませてシェリルは吐き捨てた。
美人が怒ると怖い、というのは身をもって体験しているミハエルである。 「まあとりあえず、犯人探しは後回しにして練習しないか?すぐに直るだろ」 「ええ、大したことないので大丈夫だと思います。それに・・・」 ほつれた袖口を確認しながらナナセが、首を傾げた。 「これ、人為的なものをあまり感じませんよね。もしシェリルさんに対する恨みだったり、このお芝居をめちゃくちゃにしようと思っている人がやったとしたらもっと修復不可能なくらいにズタズタにするはずです。このくらいではちょっと不愉快になるくらいで、芝居自体には何の影響もありません」 「ナナセさんの言うとおりです!」 びしぃっ、と手をあげてルカが賛成する。 おそらく、ナナセが何を言っても彼女の味方をするのだろう小柄な友人のことは放っておいて、ミハエルは人好きのする笑顔を振りまいた。 「そういうこと。心配いらないよ」 「べっ、別に心配なんかしてないわよ!それに嫉妬買うのには慣れてるの」 「嫉妬ねえ」 「なによ」 「別に」 確かに銀河の妖精として脚光を浴び、プライドが高くずけずけと物を言うシェリルの性格は、敵をつくることも多いだろう。それがすべて単なるやっかみだと言い放つ彼女の自信は、眩しいほどすがすがしい。 アルトは頬杖をついてぱらぱらと台本をめくった。 「なあ、それよりこのシーン、赤で線が入ってるけど何?」 「どれ?」 アルトのもつ台本を四人がのぞきこむ。 「あら、本当」 「なんでしょうね」 ナナセが眼鏡を押し上げながら目をぱちくりさせる。ルカはナナセしか見てない。 「ミシェル、おまえの台本もこうなってたっけ?」 「え?ああ、うんなってる」 「で、気付かなかったのか」 「えーと。まあ。でもほら、まだ先のシーンだし」 そういう問題かよ、とむっとしてシェリルを見たが、彼女は不自然に目をそらしてしまった。 何かある。 元役者としての勘が警報を鳴らすが、ふたりを糾弾したところで素直に返答が返ってくるはずもない。 (なんで俺の周りには面倒くさいやつらばっかり集まってくるんだ) その「面倒くさいやつら」の中に自分もきちんと入っていることには気づかず、嘆息した。 「その部分は差し替えになるのよ」 ふいに頭上に影ができて顔を上げると、豊満な胸を軍服で覆った美女がにこりと微笑んでいた。 「グラス中尉」 「調子はどう?」 稽古の様子を見に来たの、と言いながら、彼女はちらりと後ろを振り返った。 全員がつられてそちらを見ると、扉の影に隠れるようにして大柄な男が突っ立っている。 「うわ、オズマ隊長」 「なにしてるのよ。入ったら?」 キャシーが声をかけると、渋々といった様子でオズマが入ってくる。 「どうしたんですか隊長」 「いや、どうしたもなにも。こいつが様子を見に行きたいっていうから車を出しただけだ」 断じて、ランカの学校生活の様子が気になったわけじゃないぞ、と聞かれもしないことを言い出す。 ぷっ、と笑ってアルトとミハエルは顔を見合わせた。 「いつまでたっても元カノには敵わないんだ」 「シスコン」 「やかましい!」 おまえらトレーニング十倍にするぞコルァ、と拳を振り上げて威嚇すると、ふたりの部下はとたんに身をひるがえしてルカの背中に隠れた。 「先輩たち・・・」 仕方ないなあ、と、先輩よりも先輩らしい小柄な少年は苦笑いを浮かべた。 「それで中尉、差し替えってどういうことです?」 「うーん。今書き直ししているところなの。それさえ終われば決定稿を配れるわ」 「じゃあ稽古も本格的になりますね」 これまでは、変更予定のないシーンのみ稽古をしていたが、どうやらそろそろ全体を通して芝居をすることができるらしい。 何度も修正の入っている戦闘シーンや、ラブシーンなどがそれである。とくにラストは『アルト姫とシェリル王子の感動的なラスト』が曖昧な描写で描かれているが、そこはまだ仮の状態だった。どうやら誰かがいちゃもんをつけているらしい。 「ごめんなさいね、遅くなって。本当はちゃんと脚本が仕上がってからはじめてみんなに配るのが当たり前なのに」 「仕方ないですよ。それに長いから、できたシーンからでもちゃんと稽古始めておかないと」 いつまでたっても上映できませんよ、というミハエルの言葉に全員がうなずいた。 「そうだ、上映場所に天空門ホール抑えたって本当ですか?」 「え、まじかよ」 驚いた顔でアルトが呟く。 一学校の、一コース主催の催し物にしては少しばかり派手すぎではないだろうか、などと思ったが、よくよく考えればシェリルが主役をやる限り最初から話題にはなっているのだ。しかも不本意ながら「早乙女アルト」がお姫さま役とあってフロンティア船団内は大いに盛り上がっている。 「前夜祭を美星の講堂で行うらしいです。上映は多くの人が見に来れるようにって、学園長とジェフリー艦長、それに政府のお役人さんが話し合って、結局天空門ホールを手配したと聞きました。ああ、兄たちも楽しみにしてます」 嬉々として話すルカに、アルトは眩暈がした。 なんか、大変なことになっている。 PR |
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伝令が戻らない。
それを聞いた時、シェリルはひどくいやな予感がして、隊の進軍を止めた。 ルカがやはり心配そうな表情でとなりに並ぶ。 「王子・・・」 部隊を五つに分け、中央の本道をシェリルと精鋭部隊が進んで二時間もしないうちに、遠くで煙が上がっているのを確認した。それから時間を置かずに四方で同じように煙が上がり、爆発音のようなものも響いてくる。 明らかに戦闘行為を行っている。やはり【ゼントラン】と軍とが衝突したのだろうとシェリルは先を急ごうとしたが、レオンの元へと走らせた伝令がいつまでたっても追いついてこなかった。 さらに、本道の前方を警戒するため先に行かせた斥候も戻らない。 ざわりと強い風が吹き荒れ、揺れる木々の唸り声が非常に不気味だった。 「もう一度レオン殿のところへ使いを出しますか」 「ああ。足の速い馬を出せ。それと前方の警戒を厳に」 「かしこまりました」 即座に指示が飛んで、黒い毛並みの駿馬が道を外れて東へと走り去って行った。 もしあれが戻らなければ、事態は想像をはるかに超えた深刻なものだということになるだろう。まさか四つの部隊が全滅するわけもない。レオンのいる場所へたどりつく前に何かがあったとしか考えれらない。 「【ゼントラン】どもの罠か、それとも我々の把握していない敵が潜んでいるのか」 「両方、という可能性もあります。五つの道を我々が進むのは明らかなのですから、何らかの罠を仕掛けているのは予想されたことです。でもそもそも【ゼントラン】に与しているものたちがどの程度の規模なのか、どのくらいの兵力を持っているのか、まるで情報がありません」 しかし、とシェリルはふいに疑問を持った。 トクガワ国王によれば、【ゼントラン】には巨人族の末裔もいるという。彼らがひとりでも混じっていれば、いくら薄暗い森の中とは言えその姿や声を確認できるのではないだろうか。それなのに、聞こえてくるのは不穏な爆発音だけ。 「・・・音?」 「王子?」 愛馬を急かしながら進むシェリルのつぶやきに、耳ざとくルカが反応した。 「・・・やつらがどの程度の力を蓄えているかは知らないが、爆発音はするのに火柱が上がらないのは奇妙ではないのか」 「確かに・・・。しかし、森の中で火薬を使うのは双方にとって危険でしょう。爆薬ではないのでは?」 「そう、だな」 ルカの言うことは最もだ。なぜもやもやするのだろう。 だが漠然とした不安を口にしても何の解決にもならない。ましてや、部下に話すことではない。 「ではなぜレオン殿と連絡がつかない。森の中に敵が潜んでいるとはいっても向こうも戦闘が始まったのであればこちらへ何らかの報告をしてくるのが筋ではないのか」 「やはりわれわれ本隊を他の部隊から孤立させるつもりなのでしょう」 それも正論だ。だがどこかちぐはぐな気がする。 「私たちの敵は姫をさらった【ゼントラン】のものたち、で間違ってはいないな」 「ええ・・・。もちろんです」 ともかく、塔を目指して進軍を続けるより他はない。ここで立ち止まっていても、事態が進展するとは思えなかった。 四つの部隊が苦戦しているのなら援護をするべきなのかもしれないが、それよりもまずアルト姫を救い出すほうが先決だ、とシェリルは思った。 轍が刻まれた、整備された道の前方に人影はない。 (まるで誘っているみたいだ) ルカは眉をひそめてちらりと主の顔を見上げたが、何も口にはしなかった。 そのくらいのことは王子とて勘付いているに決まっている。 そう、思っていた。 レオンという男はひとことでいえば野心家であった。 隙あらば誰を蹴落としてでもより高みへ、地位と名誉を手中におさめるためならば、手段は問わない。だから、どれだけ内心燃えるような憎悪や嫉妬がうずまいていようと、表情ひとつ変えず頭を垂れ、言いたくもない世辞を言い連ね、国王でさえ盤上の駒のように操れると信じて疑わなかった。 (強いものについたほうが勝ちなのだ) では、現在もっとも権力のある陣営はどこか。 このフロンティアを統治するトクガワ国王か。それとも、圧倒的な国力差を背景に常にフロンティアに牙をむくチャンスをうかがっている隣国ギャラクシーか。国内のどこにでも存在していると言われている【ゼントラン】か。 国を統治し、拡大し、そして自分の足元を揺るぎない地盤で固めるに一番必要なもの。フロンティアも、そしてギャラクシーも手にするために使える駒。 (あるじゃないか。こんなにすぐ近くに。けれど、手の届かない場所に) レオンは白い煙の上がる場所から身を守るように森の奥に分け入り、懐から手のひらサイズの小さな石を取り出した。ゆらり、と揺らして吸い込まれそうなその輝きに目を細める。 「さあ、お膳立てはもういいでしょう」 そろそろそれを渡して下さい。 そう言って、彼はにやりと笑みを浮かべた。 剣戟の音などは、どこにもない。 ある者はある者たちを利用しようとしていた。 だが彼は完全に計算違いをしていた。 本当に利用されていたのはどちらか。 そして、その真意に気づかないあわれな愚者は、やがて破滅の道をたどることになる・・・。 ++++++++++++++++++++++++++ これより三十分間の休憩に入ります。 トイレは混雑しますので、行かれる方は係員の指示に従ってお並びください。 また、ロビー中央部分の売店にて軽食を販売しております。 ぜひご利用下さい。 開始五分前のブザーが鳴りましたら、お席へお戻り下さいませ。 |
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きゃああああ、と耳をつんざく悲鳴が遠くから響いて、アルトとミシェルは顔を見合わせると一目散に教室へと走った。騒ぎを聞きつけた他の生徒や、教師たちまでもがなんだなんだと声をあげている。 「おい、いまの」 「ああ、シェリルだな」 いったい何があったというのか。慌てて【レジェンド・オブ・フロンティア~王子と姫と青の騎士】の稽古場にしている教室へ入ると、ふたりは衣装を手にしたまま立ち尽くしているシェリルを見つけた。 「どうしたんだ」 「・・・アルト」 顔を上げたシェリルの声は震えていて、それが怒りのせいなのか悲しんでいるのか複雑な色をたたえている。それは表情も同じで、アルトは一瞬また殴られる、と思ってしまった。 「シェリル、どうしたんだい」 そつなくミシェルが近づいて、はっとする。 「それ、どうしたんだ」 「分からないの。さっきロッカーから取り出したらびりびりに破れてて」 「なんだって?」 見ると、シェリルが手にしている彼女の衣装の裾や袖の部分が破れ、糸がほつれていた。仮縫いはほぼ完了していて、あとは細かい調整をするだけのはず。全てが台無しとまではいかないが、ほとんど仕上がっていただけにショックが大きいのだろう。 「誰がこんなこと・・・」 呟いて、アルトは呆然としているシェリルの手から衣装を奪い取った。 「と、とにかくナナセさんに連絡を」 慌てて教室を出て行くルカに、だがシェリルもアルトも反応できずにいた。誰かが邪魔しようとしているのか?しかしいったい誰が、何故。 「・・・けどなあ。どうもおかしいよな」 ミシェルが眼鏡を押し上げながらぼそりと呟く。 「あんまり、悪意を感じないがなあ」 だが今そんなことを言っても何故だと問い詰められるに決まっている。ミシェルとて、それがただの勘でなんの根拠もないのだ。 なので、とりあえずは黙って様子を見守ろうと考えたのだった。幸い衣装は少し手直しすればすぐに元通りになるだろう。 ******************************* 最初はぐわんぐわんという大きな鐘の音だと思った。 だが窓の外に大きな顔がのぞいたとたん、アルト姫は声にならない悲鳴をあげ、思わずミシェルの腕にしがみついた。 「こっちにいたのか。いくら待っても戻らないから心配したぞ」 「すまん、予定より早く事が済んだんでな、こっちに姫を置いておこうと思って立ち寄ったんだよ。姫、怖がらなくていいですよ。彼女はクラン。俺の仲間です。巨人族を見るのは初めてじゃないでしょう?あなたのお父上と同じですよ」 ぎょろりと目を動かした巨人と視線が合うと、アルト姫はごくりと唾を飲み込んでから、何を言っていいか分からず戸惑い小さくごきげんよう、と挨拶をしてみた。するとクランと呼ばれた巨人の女は一瞬目を丸くし、やがて大きな声で笑い出した。それこそ周囲でいくつもの鐘が鳴っているようで喧しいことこのうえない。ミシェルも苦笑して両耳をおさえてから、何事かを叫んだ。当然その声はかき消されたが、クランは気づいて笑いを引っ込める。そしてやや声を落とすと、 「なかなかおもしろい姫君だ」 そう言って、姿を消してしまった。 「・・・驚かせてしまいましたね」 振り返って微笑むミシェルに、まだおさまらない鼓動を感じながらアルト姫は首を振った。 巨人を見るのは慣れているのだ。ただ、父以外の彼らを見るのは初めてだった。そしてそれが父、トクガワ王に反逆する立場の者であることが悲しかった。もうほとんど残っていないと言う古代の民が、もし友人であるならば国王はどれだけ喜ぶだろうか。 アルトを振りほどこうとしないミシェルに気づいて、慌ててミシェルの腕から手を放す。いくら驚いたからと言ってなんて軽率な行動をとったのだろう。 「・・・もしかして、あなたがたの拠点は別にあるのですか」 クランはさきほど「ここにいたのか」と言った。いくら待っても戻らないから、ということは、戻る場所が別にあるということだ。 「塔は目立ちますからね。軍をおびき寄せるには格好の目印になるでしょう」 「わざわざここに私を連れてきたのは何故です」 返す気がないのなら、この塔に姫がいると思わせるだけでいい。まさか塔の先端に縛り付けて見せしめるというわけでもないだろう。昔そんな童話を読んだことを思い出して、アルト姫は僅かに震えた。あの囚われた姫はどうなった?覚えていない。 「塔へ到達するには五つの道があります。やつらは包囲されるのを警戒して五つの部隊に分かれて進んでいるようですが、我々はその背後をつくのですよ。我々の拠点はこのガリアの森にはありません」 「え?ではあなたの仲間は」 微妙に質問の答えをはぐらかされている。 この森を抜けるとすぐにギャラクシーとの国境にぶつかる。つまりこの先に拠点があるわけではないのか。 不思議そうな顔のアルト姫に、言い聞かせるようにミシェルは腰をかがめた。 「何故ある程度の規模である【ゼントラン】が軍に捕まらないか、拠点を襲撃されないのか分かりますか?わざわざ分かりやすい場所に一箇所にとどまることはしません。国民が平和に暮らしている城下町、集落、森、湖のほとり。様々なところに我々は潜んでいます。【ゼントラン】の仲間がひとりもいない居住地はありません」 確かにそうだ、と姫は思った。おそらくミシェルを初め【ゼントラン】の者達は、普段はごく普通の民として生活しているのだろう。 「今は塔の周辺に集まっていますがね。もうすぐ衝突しますよ。ただし我々は軍の背後をつきますが。・・・ああそれと」 胸元でぎゅっと両のてのひらを組んでいるアルト姫に、青の騎士はゆっくりと告げた。 「俺とあなたがそれを目撃することはないでしょう。戦場はこことはほんの少しだけ離れた場所になりますから」 「・・・・え?」 「言ったでしょう?彼らはこの場所を見つけることはできないと。軍が目指している塔はここではありませんよ。そんな分かりやすい場所にあなたを匿うはずがない」 ただ何が起きているかを逐一知ることはできますよ、と。 彼はベルトから小さな宝石のようなものを取り出して、てのひらに乗せた。 紫色に光る、不思議な石だった。 |
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どこか不安げな表情の従者に、シェリルは笑顔を向けた。
「そう心配するな。敵の戦力がはっきりとしないとは言えしょせんは烏合の衆。対するこちらはフロンティアの精鋭と言うではないか。全面戦争をするつもりもない」 「分っております。ですが王子」 やはり内政干渉ではないかと心配するルカだったが、強い決意を漲らせる王子のまなざしに言葉を飲み込んだ。 決して王子を信用していないというわけではない。ギャラクシーにおいて、シェリルに剣で適うものなどいないのだ。 政治力においては兄の方が優れているだろう。だが、その兄ですらシェリルの腕前は誰よりも評価している。 ただ、とルカはぐるりと周囲を見渡した。 彼らをとりまくのは、シェリルの言うフロンティアの精鋭。 とは言っても数は千以上に上るだろう。広いとは言えないフロンティアの兵力の何割になるだろうか。 姫君ひとりを悪党にさらわれたからとここまで編成するということは、王は【ゼントラン】が単なる烏合の衆とは考えていないことを意味するのではないか。 ギャラクシーには存在しない巨人族の存在も気になる。 (僕が王子をお守りしなければ) 隣国の客とはいえ、軍を預かる身であるシェリルは、自分のことだけを考えて行動することは許されない。 窮屈な思いをしてまで指揮することを願い出たのは何よりもトクガワ王と、そしてアルト姫の信頼を得るために他ならない。 そして軍の兵士らや民衆を味方につけることまで計算しているのだろう。 やがて姫君の婿として歓迎されるための根回しである。 「好きな女性と結婚するのに、まず外堀から埋めなければならないなんて」 それでも、シェリル王子には民たちと同じように純粋に好きになった人と幸せになってほしいと思う。 そしてそのためならば、王子に帝国随一だと評された情報収集能力と分析力を駆使して役に立ちたいと、ルカはひたすら戦略を練ることに集中するのだった。 「シェリル王子」 馬に乗るひとりの男が数人の部下と連れて近づいてきた。 「レオン殿か」 フロンティア軍を束ねる、国王の側近である。 アルト姫救出作戦の副司令として任務についた男だが、シェリルは彼のことをいまいち掴みかねていた。 軍を統括すると同時に政府の参謀役であることからおそろしく切れる人物なのだろう。 しかしまったく感情を表に出さず常に含んだような笑みを浮かべているレオンに対し、どことなく信用しきれない何かを感じてもいた。 「そろそろ【ゼントラン】がアジトにしていると思しき塔が見えてきます。この森を抜ければすぐですが、この視界の悪さでは急襲をかけられたときに兵の統率が乱れる危険があるかと」 「ひとかたまりになるのは危険だということか」 「はい」 レオンは部下が差し出した巻紙を開き、見せた。 「このガリアの森は人や馬車が行き来できるよう整備された道は一本しかありません。ですがこれほどの規模の兵をぞろぞろと歩かせるのは非常に危険でしょう。横道にそれてこの四つのルートに分かれて塔を取り囲む方法を提案します」 太く描かれた線を軸として細い線が左右に二本ずつ伸び、目的地であるゼントランの塔を指すのだろうマークへ向かって矢印が書き込まれていた。 詳細なその道順に感心してうなずいたが、ふいにルカが口を開いた。 「失礼ですが参謀殿、この四本の獣道はいつから使用されているものなのですか?はじめから地図に記載されているように見えるのですが」 突然割って入った若い声にむっとしたのか、レオンの細い眉尻がぴくりと上がった。 だが憤慨することもなく彼は無表情に頷く。 「逆です。もとはこの獣道がはじめから切り開かれて使用されていたのです。ただ便利であると同時に慣れない者が通るにはあまりに危険だということで本道が拓かれたのです」 「なるほど」 ということは別に抜け道でも秘密の道でもないということか。 ルカはシェリル王子の顔を仰ぎ見た。眉間にしわをよせ、拳を唇に寄せて考えている。 「確かに分れて進んだ方が効率はいいようだな」 「それでは王子は本隊を指揮して本道をお行き下さい。残りを四つに分けてそれぞれ進ませましょう」 「分った」 レオンの言葉に了解して、シェリルは精鋭中の精鋭と名高い三百の兵を連れて一番広い道を通りぬけることにした。 太陽は高く昇っているなずだが木々の枝が空を覆い、雨が降りそうなほどに暗い。 時折差し込む細い日の光を頼りに、彼らは塔へと急ぐことにした。 ざわりと冷たい風が吹いて、足元の枯葉が舞い踊る。 これからの戦いを意識しているせいなのだろうか、漠然とした不安がこみ上げてきて、ルカは腰に下げている剣の柄にそっと触れた。 「軍が動いたようですね」 まったく緊張感のない声で青の騎士は呟いた。 はっとして姫は窓の外を見たが、森と月がただそこにあるだけで何も変化はない。 「なぜ分るのですか」 「俺に魔法が使えると言ったら信用しますか」 「いいえ」 あなたは人間でしょう、とアルト姫は冷たく言った。ミシェルは肩をすくめて、己の耳を指でつついた。 「これでもハーフなんです。昔あなたは俺のこの耳を見て、怖いと言ったんですよ」 「・・・え?」 なんのことだろう。身に覚えのないそれに怪訝な顔をする。 「ほらね。お姫さまは下々の人間のことなど眼中にもないのでしょう?」 「私はあなたと過去に会ったことがあるのですか?」 「そう言いましたよ」 思い出してください、と、ミシェルはいたずらっぽい顔で言う。 軍がこちらへ向かっているにも拘らず、この落ち着きぶりは何なのだろう。よほど自信があるのか、それとも。 言い知れない不安が膨れ上がる。 すべて、もうどうにもならないことを知った上で捕らえられるのを待っているのだろうか。この不遜な男が? 「ここにあなたの仲間はいるのですか?」 「ここにはいませんが、すぐ近くにいますよ」 「私はあなたの仲間に会ったことはありますか?」 「答えはノーです。他にご質問は?」 楽しそうに眼を細めた青の騎士を睨むと、彼はくすくすと笑った。 「なぜそんなに落ち着いていられるのですか?」 「簡単なことです。彼らはここへは辿りつけません。ついでにあなたと話すのがとても楽しい。こんな気分になるのは久しぶりです」 「私は楽しくありません」 ふい、とそっぽ向いて唇を尖らせたアルト姫だったが、押しつぶされそうな不安がもうひとつの別の感情に埋もれていくのを感じていた。 こんなふうに、誰かとぽんぽん会話を続けることは珍しい。父とでさえ、このように問答を繰り返したことはないのに。 「楽しくありませんか?」 優しい緑の目で尋ねる騎士に、返す言葉は見つからなかった。 ************************* 「私の出番はまだか!」 ふんぞり返って言うクランに、キャシーは苦笑いを返した。 確かにキャストが足りないためSMSのメンバーにも出演依頼をかけたが、クランたちピクシー小隊の場合は設定が特殊なため最後まで悩んでいた。 だがここまで話が進んでしまってはもう引き返せないと彼女たちの出番を決定したのだったが。 「なあクラン、言っちゃなんだけどそのままでは難しいと思うぜ」 まるでこれでは瓦礫の山だ。 「これを着用して装置に入るのか」 「いやだから無理だって」 「じゃあ巨人化してこれを着るんだな」 かっこいいぞこれ、と目をきらきらさせるクランにいちいちミハエルが茶々を入れる。 「アマゾネスクラン・クランのできあがりだな」 |
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ぱちん、と大して痛くもなさそうな音が暗い部屋に響いた。
もちろんその程度の力で体が揺らぐことなどありえないが、あえてミシェルは「てのひらが当たった程度の」平手打ちを浴びた頬を片手でおさえ、一歩あとずさる。 「申し訳ありません」 「・・・・・」 苦笑して深々と騎士の礼をしてみせるも、それがひどくわざとらしく、また遊んでいるように見えるのは隠しようもなくアルト姫は無言でぎゅっと拳を握り胸に当てた。うつむく顔は髪に隠れて表情が分らない。細い肩が揺れていた。 泣いているのだろうか、と不安に思ってミシェルがそっと膝をつき顔をのぞきこむ。 アルト姫は白い頬を上気させて、ぽろぽろと透明な涙を流していた。 「姫。申し訳ありません。泣かないで」 泣かせたい、とは思ったが実際泣き顔を見るといたたまれなくなる。ずきりと胸が痛んで、ああまるでこれでは恋をしているようだとミシェルは自嘲した。何年も忘れ去っていた感情が押し寄せてくるのに必死で抗い、そうではないのだと唇をかみしめる。 (違う。俺は利用するために姫をさらったにすぎない) 花嫁に、などと言ったがはじめから彼女が欲しかったわけではない。 王家を混乱させ、もうずっと以前からスパイとして内部に送り込んでいた仲間と協力して大規模なクーデターを起こす。なにかとその存在を疎まれている先住種族たちが住みやすい新しい国を創るのだと。 (国王は何も知らないのだろう。軍が王の意志とは無関係に不穏な動きをしているのを。ギャラクシー帝国の過激派連中に踏み込まれたらこんな国は三日で落とされるだろう。平和ボケした国王に、フロンティアを守れるものか) 軍の陰謀を内部告発しようとした愛する人を失ったとき、ミシェルは何を捨ててでもこの国を守り抜こうと思った。彼女が心から愛したこの平和な国を。だがトクガワ王のやり方ではやがて大きな力に抗えず崩壊するだろう。 今となっては王家より軍の方が力はある。もし軍の幹部がギャラクシーと組んでクーデターを起こしたら?すべては終わりだ。 「姫。俺の話を聞いてもらえますか」 ふいにまじめな声音で口を開くミシェルに、涙をぬぐっていたアルト姫は顔を上げた。 切れ長の目はうるんで煽情的に見えたが、それに気づかないふりをしてミシェルは埃だらけの窓枠に手をついた。 煌々とふたりを照らす月を見上げながら、彼はゆっくりと話し始めた。自分の過去、目的と、そして自分の知るすべての情報を。仮に彼女がここから逃げて国王に報告されても良いと思った。 「あなたは」 すべてを語り終えて息をついたとき、アルト姫が久しぶりに口を開いた。 「あなたは、それが成功するとは考えていませんね?」 はじめから、投げやりで杜撰な計画だ。他に安全なやり方がいくらでもあるだろう。そもそも青の騎士と呼ばれながらも彼にどのくらいの力があるというのか。まるで子供の戦争ごっこのようだと、素人でも分かる。 ミシェルは苦笑して、振り向いた。 「ええ、まあ。どちらかというとかえって悪い結果を及ぼすことになるでしょうね。混乱に乗じて軍とギャラクシー側のクーデターが起こる可能性もじゅうぶんにある。まあまだその時ではないでしょうが。どちらにせよトクガワ王・・・あなたのお父上がどれだけ人民に愛される王であったとしても、すでに売国奴が手綱を握っている軍の力を抑えるには無力かと」 「よくもそのようなことを」 青ざめた顔で姫が呟いた。 「あなたは何がしたいのです」 「そうですね。とりあえず、あなたとシェリル王子の結婚を邪魔することが先決かと」 「え?」 「王子があなたの婚約者としてここを訪れたのも、ギャラクシー女王の計画ですよ。いわば乗っ取り作戦の第一歩です。シェリル王子もそれを分っていて来たのでしょう」 「そんなはずは」 はじめからシェリル王子も、自分と父を騙そうとしていたというのだろうか。 馬鹿な、と体を震わせる姫を気の毒そうに見て、青の騎士は精一杯の優しい笑顔を向けた。 「父上とこのフロンティアを守りたくはないですか?アルト姫」 ********************************** 何かおかしいのよね、と髪をかきあげながらシェリルが言った。 珍しく最後まで講義を受けて残っていた彼女は、面倒臭そうに頬杖をついて台本を読んでいるアルトの頭を容赦なくはたく。 「いってぇな!何だよ」 「おかしいって言ってるの!これって私が王子役じゃないの?何でまるで私が陰謀企てる一派みたいになってるのよ」 「知るかよ」 そっけなく言って、アルトは席をひとつずらしてシェリルから離れると再び台本をめくりはじめた。 「もう!」 ぷう、と膨れて、シェリルは愛用しているステッキ型の携帯を取り出しコールする。 何度目かに繋がった相手に向かって彼女はわめきたてた。 「ねえどういうこと?台本の一部が変わってるんだけど。え?今後の伏線のためですって?いらないわよそんなの!さらわれた姫君を王子様が救い出してめでたしめでたしっていうのが王道でしょう!?何でスケベ騎士が実はいい奴でしたみたいな展開なのよ」 ぎゃんぎゃん言っている側で知らないふりをしているアルトだったが、ふいに呼ばれた気がして顔を上げると、ミシェルが仮縫い中の騎士の衣装姿のまま影から手まねきしていた。 「なんだよ」 隠れているつもりらしいそれに向かって口の動きだけで尋ねる。 ミシェルがにやりと笑ってまたおいでおいでをした。 「ったく、何なんだよ」 仕方なくアルトは立ち上がり、講義室を出た。 「何か用かスケベ騎士」 「いやー。女王様がお怒りでいらっしゃるんで怖くてね」 「毎回台本が修正されるごとにちょとずつ話が変わって行ってる気がするのは俺だけじゃなかったみたいだな」 「まあほら、どうせやるなら本格的にやったほうがいいだろ」 「おまえグラス中尉に何か言ったのか」 う、するどい、とミシェルは顔を引き攣らせる。 「ラストを盛り上げるためには中盤で予想外の展開に持って行った方がおもしろいとは助言したけどさ」 「おまえね・・・」 ため息をついて、アルトはミシェルの肩をこづいた。 すんなり意見を取り入れるキャシーもキャシーだ。 (あっさり年下のクソ生意気なスケベ野郎に乗せられやがって) おそらく今頃、キャシーも同じことを思っていることだろう。 現実でもお芝居でも振り回されっぱなしのアルト姫である。 |
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