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今からそちらへ参りますよ、と口先だけは丁寧に言い放ち、青の騎士の姿が消えた。
それを追いかけようか一瞬逡巡し、アルト姫はしかし頼りない映像の向こう側で呆然としているシェリルを放ってはおけなかった。 それに追いかけようにも、ミシェルの姿はすでになく、ただかつかつという隠しもしない足音が扉の向こうへ消えていくのみで、もはやアルトにできることは何もなかった。 「シェリル王子」 「・・・・・・・・・・」 うな垂れているシェリルにかける言葉が見つからず、アルトは唇をきつく噛んだ。 手を伸ばせば届きそうな距離なのに、その姿はお互い幻なのだ。 王子の顔色は青白く、今にも倒れそうなほどだったが、ふとわずかに見上げた瞳に曇りはなかった。 「申し訳ありません姫。私は、私は無力すぎる。あまりにも浅はかで無知だった。御伽噺のように、さらわれた姫君を悪の手から颯爽と救い出す勇者にはなれないのだな」 「お顔をお上げ下さいシェリル王子。こうしてあなたは私を救いに来てくださったではありませんか。お父様や兵士たちを説得するにも障害はあったでしょうに」 だがその時点で騙された。 国王の精鋭部隊がはじめから【ゼントラン】のスパイによって構成されていたのか、それとも年月をかけ、怪しまれぬよう人員を増やしていったのかは分からない。 ただ、それをアルト姫には告げない方がいいだろう、とシェリルは思った。 それはつまり、トクガワ国王の無力さをつきつけることになる。 (この国は弱すぎる。アルト姫が女王に即位したとして、何と荷の重いことだろうか) 隣国にはギャラクシーが。 国中に【ゼントラン】が。 そして軍内部にはクーデターを企む不穏分子が。 平和なフロンティアの影にひそみ、誰も気づかないまま侵食していく。 「姫。私はご覧のとおり、情けない大馬鹿ものです。それでも私はあなたと、あなたの愛するこのフロンティアを守りたい。いや、守ってみせると誓いましょう。全身全霊を尽くし、剣となり盾となり、生涯をあなたとフロンティアに捧げましょう。あなたはこんな私を笑いますか」 第三者からすれば、嘲笑ものだろう。 何を子供のようなことを、とあしらわれて終わりだ。 だがアルト姫は、灯りの加減によってはわずかに金にも見える瞳を瞬かせると、笑顔を浮かべた。 「ええ、私は嬉しいときや楽しいときにしか笑いませんもの」 「アルト姫・・・」 ごくりと唾を飲み込んで、シェリルは狼狽する。 そんな王子の素の表情に、アルト姫は軽やかに声をたてて笑った。 「父上は、私が本当に嫌なのであれば、婚約は取り消すと言って下さいました。けれど私は自分の立場もあなた様の立場も、これからのこともきちんと理解しております」 「アルト姫、それは」 慌てて何かを言おうとする王子を制して、姫は続ける。 「ですが、私たちのような立場の人間がおかしなことを思われるかもしれませんが、やっぱり、シェリル王子、私はあなた様からの言葉が欲しい」 決められたからではなく、お互いがそう望むからなのだという確かな証拠が欲しい、とアルト姫は言った。 アルトの両腕が上がって、ふたつのてのひらがこちらへ向けられる。 つられるようにシェリルは腕を上げててのひらを同じようにかざした。 ぺたりと冷えた壁の感触がもどかしくて涙が出そうになるが、物理的に隔てられているとしても、アルト姫のてのひらのぬくもりが伝わるようだった。 「あなたを愛しています。私の花嫁になって下さいますか」 もっと、もっと近づきたい。 そう願うかのように、額をこつんとつけた。 見上げるとアルト姫の顔がまじかにあり、彼女も額を壁にあてて、はっきりとこう答えたのだった。 「喜んで、シェリル王子」 「だから出て行かなくて正解だったろう」 「はあ・・・」 くすりと笑って片目をつむってみせたカナリアに、ルカは嘆息した。 (こんなことしている場合じゃないのに) そんな心の声が聞こえたわけでもないだろうが、カナリアは落ち着いた笑みを浮かべた。 「ここから先は男と男の一騎打ちだ。誰にも邪魔はできん」 「それは・・・ええ、そうですね」 しかし我が主であるシェリル王子が負けることなど、万に一つもないとルカは思った。 「でも驚きました。殺されるんじゃないかと」 「おまえも賢いようでいてなかなか間抜けだな」 「・・・・ひどいです」 恨めしげに言って、しかし確かにそのとおりだと気落ちする。これが普通の悪漢であればすでに命はなかっただろう。 「僕を止めたのは、邪魔をさせないためですか?」 これだけの精鋭がそろっているのなら、シェリル王子を囲むことも簡単だろう。だがそうしないのは、彼らの仕事がシェリル王子をどうこうすることではなく青の騎士のために彼の歩く道を舗装しておくことだからなのだろう。 「ついでに邪魔なハエも追い払えたことだし」 「邪魔なハエ?」 「これは一応、おまえたちのためでもある。結果論だがな」 「はあ」 分かったような分からないような。 微妙な顔で首を傾げるルカに母親のような慈悲深い笑みを見せた後、カナリアはふと天を仰いだ。 「そろそろ来るな」 何が来るのだろう、と空を見上げると、見たこともない大きな鳥が羽を広げて飛んでいるのが見えた。 やがてそれは風に乗ってゆっくりとこちらへ近づき、塔の屋上へと舞い降りる。 「鳥じゃない」 呟いて、とっさにルカはそれを追って駆け出した。 カナリアは止めなかった。 PR |
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「シェリル王子!!」
「あ・・・アルト姫!」 最上階にひとつだけ、あまりに貧相な扉を開けた瞬間、部屋の奥に浮かび上がるその姿に、シェリル王子は我を忘れて駆け寄った。 ルカの姿がないことも、後から続いてきているはずの兵たちがいないことも、そしてここが【ゼントラン】のアジトのはずであることも、すべてが真っ白になった。 「姫、ご無事ですか」 だが彼女の細い体を抱きしめようと手を伸ばした瞬間、ふとその姿が揺らいで薄くなった。 唖然と立ち尽くして、ああこれは幻なのかと王子は疑ったが、しかし姫は消えることなく、ただ寂しげに表情を曇らせていた。 ぺたり、と冷たい感触がてのひらを通して伝わる。ざらざらとした石の壁が、そこにはあった。 「これは・・・」 「ああ、やっとご到着ですか」 「きさま・・・」 緊迫した空気を破るように、余裕に満ちた声がシェリルの苛立ちを増幅する。 「青の騎士・・・」 アルト姫の背後から、長身の男が姿を現してわざとらしく頭を垂れた。 「ようこそシェリル王子。【ゼントラン】の幻惑の塔へ。長い長い階段の果てに姫と感動の再会をはたされたご気分はいかがですか?」 「ふざけるな!」 かっと怒りに顔を赤くして声を荒げ、腰の剣に手をそえる。 「どういうことだ」 尋ねる声が掠れて、震える。 やっと、姫を救い出せると思っていたのに。 なぜこんなにも遠いのか。 「何がですか?我々がそこにいないことが?それとも大切な従者の姿が見えないことですか?」 「・・・・きさまら、謀ったな」 「鈍いですねえ。聡明なギャラクシー帝国第2王子ともあろうお方が、今の今まで何も気づかなかったのですか?あなたを陥れようとした参謀閣下を引き受けて差し上げたというのに、礼のひとつもないとは」 見る間に、シェリルの顔が青ざめていった。 何も知らず、青の騎士のてのひらで踊らされていたことだけではない。 それを、姫に知られたというみじめさに、王子は崩れ落ちそうになった。 ああ、こんな情けない姿を見られるとは! 天井を仰ぎたい衝動に駆られたが、それでも王子はこちらを痛ましげに見つめる姫に無理やりほほ笑んだ。 「ここにいないのなら、そこへ私が向かうだけだ。ルカがいないのも、カナリアたちの姿がないのも、おまえの仕業か」 「もちろんです。あの賢い従者どのに危害は加えませんよ。我々は面倒な争い事は好みませんので」 ぬけぬけと言い放って、胸の前で手を組んで震えるアルト姫の腰を抱いた。 「あ・・・」 「どうでしょう王子。恥をかかされたその仕返しをしたくば、この俺と決闘をしませんか」 「な、何を言っているのです!」 ミシェルの腕から逃れようとつたない抵抗をしながら、アルト姫は叫んだ。 「姫はそこで見物なさっているといい。俺がこの床に膝をつけば、晴れてシェリル王子はフロンティアの次代女王陛下の婿に。あなたが剣を落とせば、アルト姫は俺の花嫁に」 「勝手なことを!」 自分の意思を無視して話を進めるミシェルに憤り、固く抱きしめたまま放そうとしない彼の腕を必死ではずそうともがいたが、青の騎士の鍛えられたそれはぴくりともしなかった。 「元よりあなたに選択権はないのです、アルト姫」 それも国王の娘に生まれた宿命なのでしょう、と。 憐れみに満ちたセリフとは裏腹に、青の騎士は意地の悪い笑みを浮かべて言った。 「勝利者には姫君の唇を奪う権利を」 ++++++++++++++++++++++++++++++++ 「最悪だ」 「ひ、ひどいです!」 ぽつりとつぶやいたアルトに呼応するように、ランカは顔を赤くした。 「そーお?おもしろいじゃない。やっぱり決闘は必要よ」 「台本にないこといきなりするなよな!しかも通してリハやるの、これが最後なんだぞ!どうするんだよ!」 「なに怒ってるんだよ姫」 「姫って言うな!」 顔を真っ赤にして拳を握るアルトに、ミハエルとシェリルは互いに顔を見合せてうなずき合う。 「きっとキャシ・・・グラス中尉もおもしろいって言ってくれるさ。もともと決闘シーンはあるんだし」 「そうよ。ちょっと盛り上げただけじゃない」 「ふーざーけーるーなぁぁぁぁ!!」 「勝った方が勝利のキス?でも結局これ、シェリル王子とアルト姫のハッピーエンドって決まってるのよ」 「知ってますよ」 でも、必ずしも決闘に勝った方が姫と結ばれるとは限りませんよね、と。 青の騎士、もとい眼鏡のスナイパーはにやりと笑った。 |
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「アイ君がいない?」
涙目になって慌てているランカをなだめるようにミハエルが背中を抱いて椅子に座らせた。 何事かと、アルトやシェリルたちも寄ってくる。 「そうなの。今日お仕事終わって、学校に来ようと思って車に乗ろうとして、バスケットに入れていたはずのアイ君がいなくなってて、それで探したんだけどどこにもいなくて」 いよいよぽろぽろ泣きだしたランカに、シェリルがそっと優しく髪を撫でた。 「大丈夫よ、きっとすぐ戻ってくるわ」 「シェリルさん・・・」 大好きな憧れの先輩の励ましに、ランカは涙をぬぐった。 「ありがとうございますシェリルさん。お稽古の準備邪魔してごめんなさい」 すっくと立ち上がってぺこりとお辞儀。 こすったせいでかすかに赤くなった目を瞬かせて、おそるおそる尋ねる。 「ここで見学していいですか?」 「もちろん!」 そろそろ修羅場なのよ、とシェリルは楽しそうにウインクした。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 目の前にそびえる一本の塔を前に、シェリルは息をのんだ。ひどく古いその建物は古代の遺跡が朽ちずに取り残されたものなのだろうか。警戒して辺りを見渡したが、【ゼントラン】の兵たちがいる気配はない。それどころかしんと静まり返ったそこは森の中であるにも関わらず、いつの間にか鳥や葉ずれの音すらしなくなっていた。 ただ、地面を踏む馬の足音と、自分の息遣いだけが奇妙に響いて苦しい。 「あそこにアルト姫が」 ぽつりと呟いて、シェリルは軽い違和感を覚えた。 本当にあそこに姫がいるのだろうか。 そうであるならなぜ、【ゼントラン】の兵士がいないのか。 塔の中に隠れてこちらの様子をうかがっているのだろうか。 「どうなさいますか、王子」 ルカが落ち着きなく唇を湿らせながら聞いてきた。彼も何か妙な違和感に捕らわれているらしく、しきりに背後の兵士たちを気にしている。 「様子を見に兵を出しますか」 それとも、一気に門を破って急襲をかけるか。 どちらにせよ、塔の中に青の騎士がいるのならこちらの動きはとうに知られているはず。高いところから見下ろして嘲笑っているのかもしれない。 シェリルはきっと顔を上げると、背後に控える部下たちに、続け、とだけ言葉少なく命じた。 緊張に張りつめた様子のシェリルの背を少し離れたところから見ていたカナリアに、兵の一人がそっと近づく。 「どうする?」 「・・・第四の回廊付近までついていく。そこから先はひとりで行ってもらおう」 「あの従者は」 「こちらで身柄を押さえる」 「了解」 馬を降り、いつでも剣を抜けるように常に意識しながら、シェリルは先頭に立って門を開いた。すぐ後ろにルカが控え、その後にカナリアたちがついてくる。 「王子、危険です。まずは誰かに先を行かせましょう」 「いや、国王には私が自分で行くと言い出したのだから私が先頭を行かねばならない」 それは、シェリルの行動を常に見ている兵士たちへ対する虚勢でもあった。彼らは信頼に値する精鋭だが、自分はこの国の王子ではない。国王の命令で従ってくれているだけで、値踏みされているのは理解していた。 「大丈夫ですか、シェリル王子」 背後からカナリアの声がする。 どこか余裕を含んだ声に、シェリルは振り向かずにああ、とだけ答えた。 無様な姿を見せるわけにはいかない。 自分はアルト姫と結ばれるにふさわしい人物として、認められねばならないのだから。 一歩間違えれば崩れそうな階段を上り、延々と続く錯覚に襲われるほど長い回廊を早足で歩いてはまた階段を上る。 (この塔は何のために建っているんだろう。部屋があるわけでもない、ただひたすら階段があるだけだ。それも上の階へ続く階段は回廊をいちいちぐるりと回ったところにある。これじゃまるで・・・) 「ルカ、どうした。大丈夫か」 考え事をしていたためか、少し遅れたルカにシェリルが振り向いて声をかける。 「はい、大丈夫です」 ぱっと顔を上げて返すと、王子は少し笑ってうなずいた。 シェリルが大きく角を曲がり、一瞬姿を消す。 それに続こうと足を踏み出したところで、ルカはすぐ後ろに人の気配を感じた。 ぱしっ、と腕をつかまれ、何事かと振り返ると同時に強いアルコールのにおいを感じて、そのまま意識がもうろうとする。 「な・・・・?」 「悪いが、おまえはここまでだ」 やけに優しげな声はそう言って、崩れ落ちるルカの体を受け止めた。 (王子・・・・!) |
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突然雷鳴のような怒号が上がり、シェリルは慌てて馬を止めて振り返った。
アルト姫が捕らわれている塔はもう目の前だ。【ゼントラン】の兵たちが襲ってきたのだろうか。だが木々を避けてこちらへ突進してくる群れの中に巨人の姿はない。 「王子!」 「襲撃だ!固まるな!散れ!!」 シェリルの指示に、よく訓練された精鋭部隊の兵士らはためらうことなく三々五々森の中へ散らばっていった。いちいち命令を復唱することもない。そして最低限の人数をシェリルの護衛として残しておくのも忘れなかった。シェリルを指揮官とはしているが、彼ら国王の直属部隊はそれを管理する部隊長がきちんと存在している。そして彼女は自分の役割を忘れはしなかった。 「王子、わたしから離れないでください」 「ありがとう。だが君はそもそも衛生兵だろう?」 いや決して、腕を疑っているわけではないのだが、と苦笑して襲いかかる敵を待つ。 削られた山から降りてくる様は、見たことはないが話には聞く津波のようなものかと、シェリルはどこか冷静に考えていた。 囲まれてはおしまいだ。だが背後には塔がそびえたっており、そこから敵の気配はない。 不気味に沈黙したまま、ただ森の中にうごめく矮小な人間たちを嘲笑いながらそびえたっていた。 「ご心配なく。わたしにはこれがありますから」 そう言って、部隊長は背負っていた大きな筒を取り出し、木々の間からこちらへ向かってくる敵に向けて構えた。 「カナリア、それは?」 「見ていてください。ああ、少し離れて」 そう言ってすぐ近くに人がいないことを確認すると、彼女は馬にまたがったままピン、と何かを弾くしぐさをした。 突如、筒から高速で光の塊が飛び出し、駆け寄ってくる敵の群れへと飛び込んでいく。ドォン、と派手な音をたてて煙が舞った。 「うわ」 その衝撃と轟音にシェリルは耳を押えて、目を閉じる。 すべての音が、ぴたりと止まった。 そろそろと目を開いて、シェリルは愕然とした。すぐ迫ろうとしていた敵軍が、地面に伏せたまま誰も動かない。ときおり馬たちの悲壮な悲鳴が微かに響いたが、土を蹴る音も、狙い打てと命じる叫びもない。 ただ鼻をくすぐる硝煙のにおいだけがたちこめ、もうもうと白い煙があたりを覆っていた。 「・・・それは」 「相手が固まって降りてきたのが幸いでした。ただ援軍がこないとは限りません。とにかく塔へ急ぎましょう」 詳しい説明をすることもなく、カナリアは再び集結しつつある部下たちの配置を確認するためにシェリルから離れていった。 「・・・いまのは、何だ。フロンティアにこのような技術があるとは聞いていない」 「王子、急ぎましょう。ともかく敵はまだいます」 呆然としているシェリルにそっとルカが声をかけた。 はっとして顔を上げ、後ろにずらりと揃った部隊を見渡す。 人数こそ少ないが、頼れる兵士の集団であることを証明してみせた。 みながそんな、自信に満ちた顔をしていた。 「行こう」 すぐさま塔へ振り返り、手綱を引く。だから、彼は気づかなかった。 整列した部隊の兵士らが、カナリアの手にしているものに何の疑問も持たなかったことを。 カナリアはシェリル王子のすぐ後ろにつけながら、左手に持った紫水晶をぷらぷらと揺らして見せた。 彼女の悪戯っぽいしぐさに、部下たちの間から小さな笑い声が上がる。 「さて、はっきりと死体は確認していないが、良かったのかな」 『いいさ、その便利なものを集めてくれるだけで』 「クランがやってくれるだろう。これを持っているのはレオンだけとも限らん」 『あの男の鼻っ柱をへし折るにはちょうどいいかもしれないな』 からかうような仲間の言葉に、カナリアはくす、と笑った。 「ギャラクシーの王子様も相当のんきだな」 人を疑うことを知らない、と、ぴんと背筋を伸ばして髪を揺らす隣国の王子を見つめて目を細めた。 意識が浮上すると同時に体のあちこちから鈍い痛みを感じた。 うめいて、起き上がろうと体を動かすと額から流れたぬるりとしたものが目に入り、視界は真っ赤に染まる。 汚れた袖で乱暴にぬぐって、レオンはすぐそばに転がっている剣を地面につきたててゆっくり上半身を起こした。 周囲を見渡せば動いているものは数人で、だが彼らは茫然と座り込んだまま現状を認識できていない。 「おのれ・・・」 ぎりぎりと血が出るほど唇をかみしめて、握りしめたこぶしで地面をたたく。 シェリルの部隊と【ゼントラン】とがぶつかり、どちらかが圧倒的に不利になった場面で飛び出して行って有利な方につく。どちらかが敗北した後に、戦いで傷つき生き残った方を、レオン率いる部隊が襲って皆殺しにする。そのはずだった。 しかし、ふたつの勢力が戦いに入る前に出た指示によって完全に計画が崩れたのだった。 『いまだ、襲いかかれ!』 と。 突然のその指示に、だが逆らうことはできなかった。 なぜなら目の前には【ゼントラン】が支配している塔がある。そしてもうひとつ、知らされることのなかった部隊が存在していることを知らされる。 『おまえたちの後ろにつけてある』 監視していたのか、と怒りを押し殺して尋ねたが、水晶の向こう側で【ゼントラン】を束ねる騎士は軽やかに笑って、反論したのだった。 『ついさっき集結した別同部隊です。巨人族のね』 これではシェリルの部隊と【ゼントラン】との戦いをただ見物しているわけにはいかなくなった。背後は巨人たちが見張っている。 レオンは決断するしかなかった。 謀られたのか、それとも国王直属の精鋭部隊の力を見誤っていたのだろうか。先頭にいたわけではないレオンは何が起きたのか理解できないまま、爆風に吹き飛ばされた。 ともかく事の次第を連絡しなければ、と、少し離れた所に落ちている水晶を拾い上げようとしたところでずん、と地響きがした。 「・・・なんだ」 ぞくりとして振り返る。 「悪いが、それはもらうぞ」 まるで太陽から直接語りかけられたかのような気がして、レオンは思わず頭を抱えて叫んだ。 |
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「これは・・・」
唖然として、アルト姫はぼんやりと壁に映し出された映像を見つめ息をのんだ。 薄汚れた単なる壁だったはずのそれに、大きな丸い光が浮かんだか思うとそこに見えるはずのない光景が広がっている。 「あれは、シェリル王子!」 いったいどういうことなのかと頬を紅潮させるアルトに、ミシェルは悠然と微笑みを返した。 「この魔法の石ですよ。これは離れた場所でも通信が可能な水晶石です。ただしお互いに持っていないと、一方通行では反映されません」 「つまり、あちらにいる誰かがこの石を持っているから、こうして映像が送られてこれるということですか」 「そのとおりです」 では、すでにシェリルの元にはミシェルの息のかかった者ががいるということ。それが今剣を振り上げて王子に挑んでいるのか、それとも間諜がはじめから軍に存在していたということだろうか。 アルト姫はぎゅっと胸元で拳を握った。 白い肌に細く青白い血管が浮き出る。 「すでに、戦いが始まっているのでしょうか」 「いいえ、よく見て下さい」 促されるままに目を向けると、確かに緊迫した空気は伝わってくるがそこに争いの気配はない。シェリルは従者の少年としきりに何かを探るようにあたりを警戒している。 「我々の出番はまだ後です。しばらく高みの見物と行きましょう。お腹はすきませんか?とっておきのワインがあります。お召し上がりになりますか、姫?」 「ふざけないでください」 「ふざけてなどいませんよ。ただぼんやり見ていてもつまらないでしょう?どちらにせよ、我々は・・・いえ、あなたは映像を見守ることしかできないのですから」 「何が起こるのですか」 「くだらない、喜劇が」 そう答えてミシェルは、眼鏡の奥で冷たい目を輝かせた。 アルト姫の背後では、やはり壁に小さな映像が浮かんでいたが、ミシェルはそれを姫に告げることなく興味なさげに目をそらして、すぐに消してしまった。 同時刻。 こちらの映像は届いているはずなのに、何のアクションもない。 レオンは内心の苛立ちを抑えながら、白煙の上る、それでいてやけに静かなひらけた場所へと視線を巡らせた。 「レオン様」 汗と煙で汚れた配下が、駆け寄ってくる。 「シェリル王子らはこちらへ向かってはいないようです。そのまま塔を目指しております」 「そうか。さすがに我々よりも姫の方が気になるか」 薄ら笑いを浮かべて、チリ、と紫の石を鳴らした。 ふわりとそれが輝き、大木の幹にうっすらと映像が映し出される。そこにはシェリル王子と彼が指揮する隊が、整然と、それでいて緊迫した面持ちで進んでいる様子が見て取れた。 「このまま塔へ誘い込め。背後からやつら【ゼントラン】のごろつきどもが襲撃することになっている。ある程度勝負がついたら、出て行けば良い。我々は高みの見物と決め込もう」 「では、予定通りに」 敬礼して去っていく兵を見送りながらレオンは苦々しく唾を吐き捨てる真似をした。 一体何をやっている。 合図と呼ぶには少々派手な煙を上げた。それをリアルタイムで知らせたにも関わらず、返事のひとつもよこさないとは。 「だが、まあいい。シェリル王子も、【ゼントラン】の連中も、共倒れしてくれれば全ては楽に事が済む」 シェリル王子を塔へ向かうための最速路へ導き、彼を囲う形でレオンが指揮する軍隊を配置する。その完了の合図を上げて、シェリル王子を背後から【ゼントラン】が襲撃する。彼の指揮する精鋭部隊は国王直属であり、この計画には最も邪魔な隊である。シェリル王子もろとも全て葬れば、国王が自由に動かせる兵の数はさらに少なくなるだろう。弱体化したトクガワ王にいつまでも付き従っていては、いずれはギャラクシーに取り込まれるか、力をつけた【ゼントラン】にクーデターを起こされるのは目に見えていた。ならば、その両方を相打ちさせればいい。 生き延びた方を、無傷の自分の兵が叩けば楽に物事は運ぶだろう。 そしてトクガワ王に報告するのだ。 「多大な犠牲を払いましたが、アルト姫は私が無事にお救いしました」と。 「なんとも悲劇だ。だがそれは美談となる」 国民というものは、やたら戦物語を美化したがるものだと、レオンは嘲笑った。 +++++++++++++++++++++++++++++ いやだなあ、まるで僕が悪者みたいじゃないか。 仕事の報告を終えて、芝居の進行状況について話をしていたキャシーに向かって、モニタの向こう側でレオンが軽やかに笑った。 「別に、ただのお芝居だからいいじゃない」 『ま、いいけどね。嫌われるのは慣れてるんだ』 でしょうね、という言葉をぎりぎり飲み込んで、しきりに今夜のスケジュールを聞いてくる男に曖昧に返事をすると、キャシーは通信を切った。 「・・・あいつまで参加させる必要はなかったんじゃないのか」 モニタに映らないように部屋の片隅で腕を組んでいたオズマが、眉間に深い皺を刻みながら言う。 キャシーはくるりと椅子を回転させて立ち上がると、肩をすくめた。 「お父様のお声がけがあったのよ。政府が協力しているってことをアピールしたいのね」 「たかが学生のお芝居、と思ったが結構大掛かりだな」 やれやれ、と首を振って、デスクの上に散らばる大量の紙を摘み上げる。 「で、結局ラストはどうなったんだ。できたんだろう?」 「今脚本家にチェックしてもらっている最中よ」 感動的なハッピーエンドなのは間違いないわ、と、キャシーは自信ありげに言った。 |
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