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【2025/04/20 05:17 】 |
レジェンド・オブ・フロンティア 第6章
 がちゃりと音がして振り返ると、ぼんやりした淡い光の中に真っ黒な人影が浮かびあがって姫は小さく悲鳴を上げた。

「驚かせてしまいましたか。俺です。暗いですね、すみません」

 その声は自分をさらった男のもので、城から逃走するときに比べるとずいぶん落ち着いていた。
 年はどのくらいなのだろう。さほど自分と変わらないようにも見える。

「これで少しはマシになると思うのですが」

 そう言って、彼は手に持っていたランタンを掲げ、ゆっくりと近づいてくるとベッドの柱に掲げた。
 目で追っているうちに距離がひどく近いことに気づきアルト姫はさりげなさを装って横へとそれようとしたが、何のためらいもなく腕を掴まれてびくりと震える。
 青の騎士は困ったように笑みを浮かべ、失礼、と声をかけて手を放した。

「そうびくびくされると傷つくのですが」

 よく言う、と、姫は少しばかり腹を立てた。人攫いを怖がらない娘などどこにいるだろうか。

「城へ帰して下さい。いまに軍が追ってここへ来るでしょう。戦争がしたいのですか」
「おとなしく返せば軍はひきますか」
「それは」

 シェリル王子は、この男の顔を見ている。青の騎士と名乗ったのを当然国王に報告しているだろう。
 仮に自分が無事に帰されたとして軍がはいそうですかとひくはずがない。
 だが、そもそもこの男は何者なのだろうか。
 何も知らされていないアルト姫は不安に押しつぶされそうになりながら、意外と紳士な態度をとる青の騎士の良心に頼らざるを得なかった。

「この場所を見つけることはできないでしょう。無駄なことです」
「なぜ言い切れるのですか?ここはどこです」
「あなたのような方は知らなくていい場所です」
「どういうことです」

 アルト姫は食い下がったが、青の騎士は嘆息してわざとらしく話題を変えた。

「まだ名乗っていませんでしたね。どうぞミシェルとお呼び下さい、アルト姫」
「悪党の名を呼ぶ義理はありません」
「おやおや、手厳しいですね」

 悪党呼ばわりされたミシェルは肩をすくめる。
 しおらしく、儚い印象ばかりの姫君がきっぱりと言い捨てるのを物珍しげに見て、彼は笑った。

「ですが、夫の名を呼ばないのは不便でしょう」
「誰が、夫なのですか」

 ぱっと顔を赤くして姫はミシェルを睨む。
 ミシェルは姫のその表情をいたく気に入った。
 怒った顔は不安げに目を伏せるのとは違う美しさをのぞかせる。もっとからかいたい、怒らせたい。そして最後に涙を流す顔が見たい。ぞくぞくとした欲求が彼の胸中を支配していく。

「あなたの目的は何なのですか?」

 気丈にも強い目で尋ねるアルト姫に、ミシェルは窓から差し込む月明かりを背に腕を組んで、ちらりと窓の外を見た。
 追っ手がいないか警戒しているのだろうか。
 城が襲撃されたとき、彼はひとりだった。この部屋の外にも誰もいないのだろうか。それはそれでひどく不思議な気がする。
 ひとりで王女をさらい、ひとりで追っ手と戦うつもりだろうか。それは無謀というものだ。
 だがミシェルは何の焦りもないように見えた。

「一国の王女として育ったあなたには多少の不自由を強いるかもしれませんが、食うに困ることはないはずですよ。別に無理して俺の子供を産んでくれと言うわけでもありませんしね」
「こ、子供」

 思わず繰り返して、再び顔を赤らめた。

「可愛い人ですね。もしかして妙なことを考えましたか?」
「考えません!無礼な」

 きっと睨みつけめったに出さない口調で言い返すと、もうこれきりだと言わんばかりにアルト姫は口を閉ざしてしまった。
 ランタンの明かりのおかげで朱色に染まっていることが容易に見てとれる姫の表情に、吹き出す。

「あなたは下界の民の顔など覚えてもいないでしょうね」
「え?」

 声を出して、しまったという顔で唇を噛む姫に彼は冷ややかな笑みを浮かべた。

「純粋培養のお姫さま」

 目をそむける彼の顔は、何故かぞっとするほどおそろしかった。
 メガネの奥に光る緑が濃くなったように感じて端麗な彼の顔を見つめていると、ふいにミシェルが大股で近寄ってきた。
 慌てて避けようとしたが一瞬で腰を抱き込まれ、あまりにも近い位置で緑の瞳に金色の筋が見えたかと思うと、唇をふさがれて身動きがとれなくなってしまった。
 抵抗することも忘れてただ身を任せる。
 まるで親が子にするような優しく慈愛に満ちた口付けは、なぜか嫌悪を感じることなくただ頭が真っ白になった。
 触れ合わせるだけの幼いキスをかわして、またたきもせずにいるアルト姫から唇を放すと青の騎士は空いている右手でくしゃりと自分の髪をかきあげた。
 この男はどれだけさまざまな顔を自分に見せるのか。
 アルト姫は何も言えず、動けないまま、視線をそむける騎士を茫然と見つめた。
 胸の奥がチリチリと痛いのは、彼が何も言ってくれないからだ。
 きっと、そうに決まっている。



********************************



 何度プロの脚本家から修正のダメだしをくらっても、キャシーはめげなかった。
 むしろもっとこの世界に浸りたいとそればかりが膨らんで、自分の本職を忘れそうになる。
 もしかして軍人より小説家の方が向いていたかしら、などと考えながら、彼女は大事な原稿を抱えて廊下を歩いていた。
 物語の性質上、王子と姫のハッピーエンドに変わりはない。そこへ王子のライバルを登場させることによって俄然ストーリーは盛り上がるというわけだ。だがひとつだけ当初の予定にはなかった誤算がある。

「キャラ立ちすぎなのよね・・・」

 どうしようこのスケベ騎士、などと思いながら進んでいると、かつかつ背後から足音が聞こえて、振り返る。

「あら、ブラン少尉」
「ミシェルとお呼びくださいグラス中尉」

 完璧な敬礼をしながら、ミシェルがにこりと微笑んだ。
 計算されつくした笑顔は何人もの女性をおとしてきた自信のたまものだろう。
 キャシーは苦笑して返礼した。

「私に何か用かしら?」
「ええ、ちょっとご相談がありまして」
「何かしら」

 尋ねると、ミシェルはお茶でもいかがですかなどとそつなく誘いをかけてきた。
 一歩踏み込んで近づくと、キャシーの耳元で囁く。

「お願いがあるんです。いいでしょう、キャシー?」

 はっとして、キャシーは耳をてのひらでおさえる。
 ミシェルの分をわきまえない行為を叱ろうとしたが、無意識のうちに頬が上気しているのを感じて、彼を睨みつけた。
 年下の癖になんて生意気な。

 

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【2011/10/24 21:35 】 | レジェンド・オブ・フロンティア | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
レジェンド・オブ・フロンティア 第5章
 稽古の休憩中、アルトはハリボテの壁に寄りかかって座り込んだ。
 動き辛い服で芝居をするのは慣れているが、それでも暑い。それに髪が鬱陶しかった。
 やれやれ、と嘆息しながらペットボトルの水を飲んでいると、さきほどまで真剣にスタッフと打ち合わせをしていた青の騎士ことミシェルが近寄ってきた。
 芝居の最中のきりりとした顔とは打って変わって、にやにやしている。
 本当に嫌味な笑顔だ、とアルトは彼をきつく睨んだ。
 むろん、化粧して女装している自分が威嚇したところで滑稽でしかないことは承知している。なんて忌々しい。

「よ、アルト姫。ご機嫌麗しゅう」
「麗しくねえよ!あっちいけエセ騎士め」
「ひでえなぁ。なあ姫、さっきのあれって、本当に演技?」
「はあ?」

 何のことだ、と聞き返す。ミシェルはますます笑みを深くして、座り込むアルトを腰を屈めて見やった。

「腰に手ぇまわして耳元で囁いてやったろ。あのとき震えたのは芝居か?」

 それとも、とわざとらしく艶っぽい声で、

「素で感じたとか?」
「んなっ」

 何くだらねえこと言ってやがる、と、顔を耳まで赤くして立ち上がる。
 ふわりとドレスの裾が揺れてリボンをこしらえた茶色のブーツがちらりと見えた。
 けらけらと笑うミシェルを怒鳴ろうと息を吸ったところで、カツカツとヒールの音がしてシェリルが現れる。

「あら、楽しそうね」
「やあ王子様」

 ミシェルが芝居がかった仕草で恭しく礼をする。
「私の姫をさらった不届き者が、何故そんなに嬉しそうな顔をしているのかしら?」

 口元は笑っているが、目が本気だ。何で怒っているんだ、とアルトは不思議に思ったが、余計な口出しをして面倒ごとに巻き込まれるのはごめんなので黙っていた。

「そりゃあ・・・王子からお姫さまを奪い取るのに成功したからですよ」
「ふうん。いい度胸じゃない」

 おもしろいわ、と、両手を腰にやって胸を張る。
 ふたりの間に火花が散ったように見えた。



**************************



 トクガワ王は、愛娘が青の騎士にさらわれたと聞いてすぐさま追手をさしむけるべく軍を編成した。
 シェリル王子を責めることはしなかった。
 あの状態で、彼女をさらった犯人を特定しただけでもその功績を讃えるべきだった。ましてや守ろうと剣を抜いたのだ。それはあの混乱の中でもふたりの姿をとらえた一部の兵からも証言されている。
 シェリル王子はみずからすすんで軍を率いることを打診した。

「しかし、こう言っては何だがあの連中のことはわがフロンティア国内の問題なのです。それにあなたは隣国の大事な客人。危険な目に巻き込むわけにはいかない」

 苦悩の表情を抑えて穏やかに拒否する王に、だがシェリルは引かなかった。

「お願いです。私はこの手で彼女を救いたいのです。俗な言葉ではありますが、惚れた女性ひとり救えずして誰が領地の民を守ることができましょうか」
「シェリル王子」
「無事に姫を救いだしたならば、正式に私を姫の婿として迎えて頂きたい。我が身にかえてもアルト姫を取り戻してご覧にいれましょう」
「・・・。それほどまでに言うのなら、任せよう」

 ようやく国王はうなずき、部下に命じて王子が必要とするものすべてを早急に用意せよと命じた。

「青の騎士とはなにものです」

 まずは敵を知らなければ話にならぬ、とシェリル王子が詰め寄ると、国王は疲れた表情で片手をあげて、彼を応接間へ案内するよう召使に命じた。
 人前ではおおっぴらにできない事情があるのだろう。そう直感し、シェリルはイライラと急く気持ちを抑えながら落ち着かない足取りで従った。
 赤く燃える暖炉を横目に、固く両手を握り合わせて目を閉じる国王の言葉を待つ。
 やがて王は人払いを命じると、側近のものをひとりだけ戸口に立たせて口を開いた。

「一見平和に見えるこのフロンティアだが、他国同様反乱分子はそこかしこに存在しておる。その中で最も象徴とされているのが【ゼントラン】と呼ばれる無法者たちだ。彼らは貧しい民から兵士くずれまで幅広いものたちをとりこみ、今や最大勢力とされている。そして彼らを束ねるのが・・・」
「青の騎士、ですか」

 シェリルはあの冷たい緑色の瞳を思い出し、再び腹わたが煮え繰り返る怒りを感じた。
 あの、余裕の笑み。見かけに寄らず力強く、姫を抱きよせた腕。無駄のない動きはよく訓練された兵士のものとなんら変わりはない。もしかすると元軍人なのではないか。

「名をミシェルと言う。本名かは知らぬが、若くして数千、数万とも言われる勢力を率いる切れ者だ」
「なぜ討伐されないのです」
「・・・それは」

 シェリルの当然の疑問に、王はため息をついた。

「彼らの中には今や絶滅危惧種と言われている巨人族も少数だが存在している。巨人族ひとりの戦闘能力は、人間が束になってかかっても揺るがぬ」

 それきり、出立の準備ができたと部下が報告にくるまで、王は沈黙を続けた。
 国王も巨人族の末裔なのだろう。
 同じ種族同士、それも絶滅寸前のものたちがが敵対するという悲しみに、シェリルは慰めの言葉ひとつ思い浮かべずにいる自分を恥じた。




 気がつくと空を覆う大きな天蓋に見下ろされており、アルト姫は驚いて半身を起した。
 とっさに悲鳴を上げなかったのはあたりがひどく静かだったからだろうか。
 薄暗い部屋は枕もとのチェストに置かれた燭台だけでは照らし切れず、四方には闇がひそんでいる。どこに扉があるかもわからない。唯一、錆びた枠がとりつけられている窓が月のあかりを阻まずにいてくれて、それだけでほっと安堵した。
 ぼんやりと浮かび上がる壁は色がはがれて岩がむき出しになっている個所も多く、荒れた印象を与えた。
 ただ大きなベッドだけが新しく清潔で、体を包み込む毛布は一級品だった。
 ふと、いまさっきまで頭を沈めていた枕を見ると白い花弁が無残に押しつぶされており、それが髪を彩っていた飾りであることに気づくまでに多少の時間を要した。
 結っていた赤い髪紐の姿はなく、内心ひどく焦ったがそれも枕の下に見つかってそっと手に取った。亡くなった母の形見である。
 ゆっくりとベッドからおりて、体に何の変化もないことを確認したところでアルト姫は途方に暮れた。
 素足で床に降りる不安すらどこかへ行ってしまった。
 ここはどこなのだろう。
 あの得体のしれない恐ろしい騎士に腕をつかまれ枝から飛び降りたところで完全に意識は途絶えてしまっている。
 シェリル王子は必死に名前を叫んでくれていたというのに。
 なんて、情けないのだろう。
 知らず知らずのうちに、涙が零れ落ちた。
 





【2011/10/24 21:34 】 | レジェンド・オブ・フロンティア | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
レジェンド・オブ・フロンティア 第4章
「何で青の騎士なんだ?黒じゃなくて」

 変なの、と台本を指で弾いてぼやくアルトに、同じテーブルに座っていたキャシーがにこりと笑う。

「本当はもっと裏設定があるの。ゼントランの騎士ミシェルが青の宝玉と呼ばれるものを剣に埋め込んでいて、魔法が使えるって設定だったんだけど・・・」
「へええ。恋愛小説だけじゃなくてファンタジーも好きなんですね、グラス中尉は」

 感心したようにミハエルが言う。
 SMSの食堂で、彼らはできたばかりの脚本を見ながら談笑していた。
 オズマは興味なさげな顔をしているが、愛しの妹が主題歌を担当していると聞き、人ごとではないと思っているようだ。

「あんまり尺が長いとお芝居にならないから、削ったのよ。小説ならともかく演じるには時間の制約があるでしょう?」
「確かに」
「だから、無理やりマントの色を青にしたりね」

 芝居の台本を書いたことのない彼女は、とりあえず自身の持ちうるかぎりの文章力を駆使して一本の小説を書き上げた。
 それを、芝居に精通しているプロに脚本化してもらったのである。

「確かにミシェル先輩は黒って感じじゃないですもんね」
「そうそう。俺のイメージカラーは爽やかなブルーだもんな。青春だろ」
「爽やかねえ」

 よく言う、と鼻に皺を寄せてアルトが言い捨てた。ブルーレンジャーに謝れ。

「で、結局青の騎士と姫君のキスシーンは追加したんですか?」

 無邪気に尋ねるルカにアルトがぎょっとして肩を揺らすと、キャシーは無表情で、読めば分かるわよ、とだけ答えた。



**********************************



 待て、と叫んで、シェリルは大階段を駆け上った。
 だが人ひとりを抱えているにも関わらず、青の騎士は風のように走り去ってしまい、二階についた頃には姿が見えなくなっていた。

「おのれ・・・!ルカ!ルカどこだ!」
「はい、王子、ここに」

 主人の尋常ではない声音に驚いて、混乱する人々をなだめていたルカが走り寄った。

「アルト姫が侵入者に連れ去られた。すべての部屋を確認する。おまえは右側を。私は左側を順に見ていく」
「かしこまりました」

 国王が、静まれと怒鳴るのが聞こえる。
 兵の怒号も客の動揺も少しずつ沈静化していったが襲撃したものをとらえたという報告は聞こえなかった。
(あの男ひとりで?馬鹿な)
 しかし考えている暇はない。
 シェリルとルカは手分けして二階の部屋を素早く見て回ることにした。

「姫・・・!」




 月明かりだけが、頼りだった。
 姫を抱きしめていた腕をはなし、窓を開けて外の様子を伺っている青の騎士に、アルト姫は二歩ほどあとずさったまま動けずにいた。
 きっと逃げることは不可能だろう。大丈夫だ、シェリル王子が助けに来てくれるに違いない。
 だが、もしふたりが戦ったとしてシェリルが怪我をしないとは限らない。
 ぞっとして蒼白になった姫に気づいた青の騎士は、穏やかな笑みを浮かべて見せた。

「恐がらなくていい。無理やり女性をどうこうする趣味は俺にはないからね」
「・・・どうこう、とは?」

 先ほどとは違って、意外と優しい目をする男にほんの少し安堵して尋ねる。
 すると男はとたんに、困った顔をして苦笑した。

「おやおや。さすがは箱入りのお姫さまだ。俗っぽい言葉には縁がないと見える」
「何をおっしゃっているのか、分りません。私をどうするつもりですか」
「むろん」

 大股で歩み寄り、思わず逃げようとした姫の細い腕を掴んで引き寄せた。

「あなたを俺の花嫁にするに決まっている」
「姫、どこですか!返事をしてください!」

 廊下からシェリル王子の緊張した叫び声が聞こえて、アルト姫は大きく息を吸った。
 大声を出したことなど生まれてこのかた一度もないが、きっと届くはず。
 だが、声を出そうとした瞬間背後から腕がのび、口をふさがれた。

「んんっ・・・」

 腕を掴んで必死で振りほどこうと抵抗するが、姫君の力が適うはずもなくがっちりと抑え込まれ、背中にどくどくという男の鼓動を感じて震えた。

「お静かに」

 耳元で騎士がささやく。
 その湿った熱い吐息に、アルト姫は喉の奥で悲鳴をあげた。
 青の騎士は姫の口をふさいで拘束したまま窓へとあとずさり、左手で枠を掴んだ。
 おおぶりの木の枝が張り出しているのを確認して姫の口から手を外すと、枝を掴んで姫の腰を抱いたまま一気に窓枠へと飛び乗る。

「っ!!」
「失礼」

 そうして、枝に飛び移るのと部屋の扉が荒々しく開かれたのはほぼ同時だった。

「アルト姫!」

 髪を振り乱しシェリル王子が現れる。
 だが彼が見たのは、いままさに枝から飛び降り庭を駆ける青の騎士と、それに腕を引かれた婚約者の姿だった。



【2011/10/24 21:33 】 | レジェンド・オブ・フロンティア | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
レジェンド・オブ・フロンティア 第3章
「キスシーンだぁ!?」

 がばっと台本から顔を上げてアルトが大声を上げた。その様子に、何だいまさらとミハエルが肩をすくめる。

「おまえ斜め読みしてたのか?そりゃあるだろキスシーンくらい。ラブストーリーなんだし。そもそも歌舞伎の舞台で濡れ場演じてたおまえが驚くことないだろ」
「で、でも」

 そう言われれば確かにそうだ。だが、相手はあのシェリルなのだ。

「あら、初めてじゃないんだしいいじゃない」
「んなっ」

 ふふっ、と髪をかきあげながら言う銀河の妖精に、彼らの会話をこっそり聞いていたクラスメートたちがざわっと慄いた。

「初めてじゃないですって!?」
「じゃあやっぱりあの噂は本当なのか」
「噂って?」
「姫と、女王様と、ミシェルの三角関係」
「ええーまじかよー」
「・・・あ、あいつら」

 好き勝手ぬかしやがって、とアルトが拳をふるふる震わせる。

「あら、誰が誰をとりあう三角関係なのかしら」
「芝居の上では見事なお姫さま争奪戦ですがね」

 眼鏡の奥で、ミハエルが一瞬きらりと鋭い目でシェリルを見た。
 それを正面から受け止めて、シェリルも自信家の笑みを浮かべる。

「キスシーン、あなたもしたかった?脚本変えてもらったら?」
「その手もありますね」

 あなただけずるいですよミス・シェリル、と冗談めかして言うミハエルに、シェリルは魅惑的な唇の両端を吊り上げた。



**********************************



 さまざまな招待客とグラスを触れ合わせながら、シェリルはそっとホールを見渡した。
 二階へと続く大階段のすぐそばに、アルト姫が微笑をたずさえて立っている。そばにいるのは晩餐会が始まった直後に国王から紹介された、アルト姫の従兄弟であった。彼が姫から離れるのを確認してそっと彼女の方へと歩み寄る。
 人の波に流されていったん姿を見失ったが、再び美しい立ち姿を確認したときには、彼女がこちらを見て困ったように微笑んでいた。

「お疲れではありませんか、姫」

 軽くグラスを掲げてそう言うと、アルト姫は小さく首を傾げて、

「それは殿下の方でしょう。遠路はるばる来られた夜に宴にご出席されて。少しはお休みになられましたか」
「お気遣い感謝いたします。こう見えて体力に自信はあるのでご心配には及びません」

 ピンクがかったブロンドの髪をふわりと揺らし微笑むシェリルに、アルト姫はかあっと頬を赤らめうつむいてしまった。
(ああ、可愛らしい方だ)
 おそらく身内以外の男性とまともに会話したことすらないのだろう。
 どこを見ていいか分からないといった様子で、黄金色をした瞳が右往左往している。
 ついからかいたくなるほどにいじらしい姿ではあったが、未来の花嫁の気を悪くさせては礼儀に反するだろうと考え、シェリルは気づかないふりをした。

「それはそうと、天空門を通る際に兵士らが慌てて飛び出して行くのを見ました。何かあったのですか?」
「え?」

 きょとんとする姫に、ああ、と苦笑して、首を振った。

「いえ、申し訳ありません。姫君が城下町の小事など気になさることではありませんでしたね」
「いえ・・・。詳しくは存じませんが、青の騎士とやらが出没するのだとか。お父様、いえ陛下が話しておられるのを聞きました」
「青の騎士?」
「私は何も知らないのです」

 悲しそうに眼を伏せる姫の肩をそっと抱いて、小さく謝罪した。

「この話はもういいでしょう。それより姫、ご相談が・・・」

 私との婚約に同意して頂けますか、と単刀直入に尋ねようとした瞬間、ガラスが割れるすさまじい音が響き渡った。

「きゃあああああ!」
「何事だ!!」

 婦人が金切り声を上げ、つられるように動揺がホール全体を飲み込んだ。
 月明かりをとりこむための大きな窓ガラスが次々と割られ、同時に照明がいっせいに落ちる。

「明かりを!」
「誰か!!」

 怒鳴り声と叫び声が重なり、皿やグラスが割れ、椅子が倒れる激しい音が響く。
 涼やかなヴァイオリンの音色が止んで、代わりに兵士らが走る慌ただしい足音がした。

「なに?!」
「姫、こちらへ」

 怯えるアルト姫の背に手をやって抱き寄せる。
 混乱するホールを目を凝らして見渡していると、窓からのぞく大きな丸い月に照らされて、異様な姿が目の前に立っているのに気づいた。
 とっさに姫を後ろにかばい腰の剣を引き抜く。

「何者だ!」

 それは、まるでホログラムのように実体感の薄い存在だった。
 引き締まった体を隙間なく包む漆黒の服に太いベルト、限りなく黒に近い青色のマントは金の刺繍が縁を彩っており、風にひるがえる。金色の髪は計算されつくしたように整えられていて眼鏡の奥に見える緑色の瞳は冷ややかに光っていた。
 一見、貴族のようにも見えるその男は手に剣を持ち近づいてくる。
 何が目的かは分からないが、少なくとも敵であることは明白であった。

「止まれ!もう一度聞く。おまえは何者だ」
「何者だ、か」

 低く抑えられた声はよく通り、どこか馬鹿にしたような口調にシェリルはむっとした。男は微かに笑ったようだった。

「青の騎士と呼ばれている。安易な通り名だが割と気に入っているかな」
「おまえが、青の騎士」

 背後でアルト姫が息を呑んだ。

「このような真似をしてただで済むと思っているのか。ここはフロンティア宮殿だぞ!」
「用が済めばすぐに退散するさ。そこをどいてもらおうか、ギャラクシーの王子様」

(私を知っている?)
 では、自分がここにいることも含めすべて計画されていたことなのか。
 青の騎士が剣を振り上げ、シェリルが応戦しようとかまえたとき、ふいに騎士が素早く身をひるがえしてシェリルの目の前から消えた。

「なにっ?」

 はっとして振り向くが時はすでにおそく、茫然と立ち尽くしているアルト姫の細い腰を抱いた騎士が大階段を背に薄く笑う。

「きさま!」

 声を荒げて踏み込んだが、騎士は軽々とアルト姫を抱き抱え、おそるべき早さで階段を駆け上がって行った。


【2011/10/24 21:32 】 | レジェンド・オブ・フロンティア | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
レジェンド・オブ・フロンティア 第2章
 仮縫いの衣装を着て椅子に座り、仕方なさそうに台本をめくるアルトの前で、シェリルとミハエルは楽しそうに打ち合わせをしていた。どうやらストーリーの山場でもある決闘シーンについて話しているようだが、ちらちらとこちらを見てはいやらしく笑うのが気にかかる。
 アルトはため息をついて、結われていない髪をうっとうしげにかきあげた。

「なあ、どうでもいいが何でそんなに張り切ってるんだよ。どうせ学園祭の芝居だろ?」
「あらアルト、元役者の言葉とは思えないわね。どんな芝居であろうと舞台の上では本気でやるのは当たり前じゃない」
「それは・・・そうだが」

 アルトとしても、別に芝居が嫌いなわけではなかった。体に染みついた役者の血が、ひとつの舞台を成功させようとする周囲の熱意を敏感に感じ取り沸騰しそうになる。だが問題はそこではない。

「だいたい何で王子がシェリルで俺が姫なんだよ。逆ならまだしも」
「あらあんた、自分を王子様だとでも思っていたの?」
「それなら俺が王子役のほうがまだはまるね」
「なんだとミシェル!」

 むかっと唇を尖らせて睨むが、フェンシング用の剣を手にしたミハエルはにやにや笑うばかりだ。確かにこんな格好ですごんでも空回りだろう。逆の立場だったら腹を抱えて笑うに違いない。

「そういえばアルト、おまえ歌舞伎の舞台やってた頃ってアドリブとかやってたか?」
「はあ?」

 大真面目にそんなことを聞いてくるミハエルに、アルトはバカかおまえは、と鼻を鳴らした。

「突発的ハプニングが起こったならともかく、きっちり筋書き通りやるのが芝居だ」
「ふうん。突発的ハプニングねえ」

 にやり。
 シェリルとミハエルが、目を見合せて笑う。
(あー。なんか頭痛がしてきた)
 このふたりを組ませたら危険なのではないか。
 いまさらのように、そう思う。



**************************



 ずらりと並んだ近衛兵と、おそらく王家に連なるものたちなのだろう、きらびやかな衣装を身にまとった貴族らに興味津々の目で見つめられながら、シェリルは堂々とした足取りで玉座へと歩み寄った。
 巨人をそのままの姿で見るのは初めてだ。話には聞いていたが、身がすくむほどの威圧感がある。だがそんな胸中などおくびにも出さず、胸を張って歩き玉座の前で肩膝をついた。王の言葉を待つ。たとえ、フロンティアとは比べ物にならないほどの国力を持つ帝国の第2王子であれ、郷に入っては郷に従えの精神は遵守すべきだと承知している。声をかけられるまでは顔をあげることすら許されない。そしてその作法はどの国にも通じる最低限の作法であった。

「ようこそおいで下さいました、シェリル王子。このような小さな国ではありますが、ぞんぶんに羽を伸ばされるが良い。歓迎しますよ」

 うぉんうぉんと響く王の声に、シェリルは慣れぬ圧迫感に押しつぶされそうになりながらも顔を上げて微笑んだ。

「お招きいただき光栄に存じます、陛下。女王からの親書も預かってまいりました」

 言って、ちらりと背後に影のように控えるルカを見る。彼は緊張した面持ちですかさず懐から筒を取り出し、主人に渡した。
 シェリルは膝をついたまま、恭しくそれを差し出す。
 王の隣りに座る桜色のドレスが気になったが、紹介されるまでは彼女の姿を確認することはできない。

「グレイス女王陛下はご健勝ですかな」
「はい。くれぐれもトクガワ陛下によろしくお伝えするよう申し付かっております」
「我が王妃の葬儀以来ですな。また近々お会いしたいものです」
「女王も同じことをおっしゃっておられました」
「さあ、どうぞお立ち下さい。堅苦しいことは抜きに、今夜は盛大な宴を催しましょう。その前に、アルト」
「はい」

 小さな返事が聞こえて、ゆっくりとドレスが立ち上がるのを、シェリルは視界の隅でとらえた。立ち上がり、高鳴る胸を押さえて彼女を見る。

「我が娘、アルト姫です」
「お初にお目にかかります、殿下」

 細いからだを包むふわりとしたドレスを両手で摘み上げ、貴婦人の礼をして顔を上げた。

「・・・始めましてアルト姫」

 ふたりはしばらく、周囲の目を忘れて見詰め合った。
 これほどまでに美しいいきものを見るのは初めてだ。シェリルはごくりと喉を鳴らした。
 ギャラクシーにいる、人工的に容姿を美しく変えたのではない生気に満ちた美貌は、生まれついての宝であることをまざまざと証明している。
 わずかに上気した頬はなめらかで白く、唇は魅惑的なほどに赤く、肩から流れる青い髪は絹糸のようだった。
 王家に生まれた以上政略結婚は定められた宿命であった。それに抗う気もなく、ただ言われたとおりに結婚だけして子をなし、後は兄の手助けをしながらも自由気ままな生涯を送る。それがシェリルの人生設計だった。
 だが目の前の姫君はどうだろう。政略結婚の相手にしては過分すぎるのではないか。

「どうか、なさいましたか」

 先に我に返ったアルト姫が、恐々と尋ねる。
 とっさにシェリルは笑みを浮かべて彼女の手を恭しくとると甲にキスをした。

「あなたのような美しい方ははじめて拝見しましたので見惚れてしまったのです。ご無礼をお許し下さい、姫」
「そんな・・・」

 かあっ、とアルトの顔が耳まで赤く染まる。

(ああ、なんて美しい)

「おやおや。見ているこちらが恥ずかしくなりますね。さあふたりとも、宴のときにゆっくりと話すがいいでしょう。ひとまずはシェリル王子をお部屋へご案内しなければ。お疲れでしょう、ごゆっくりおやすみください」
「ありがとうございます」

 小さく震えるアルト姫の手をそっと放して、シェリルはにこりと笑った。

【2011/10/24 21:32 】 | レジェンド・オブ・フロンティア | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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