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【早乙女アルトの証言】 え、ルカ?あいつがどうかしたのか? さあ・・・学校で会ったときは普通だったけど。なに? 最近?別に・・・。いつもどおりだけど。何が聞きたいんだよ。 知らねえって。 ダメだ。聞く相手を間違えた。 私はがっくりと肩を落として、むっとした顔(こいつのこの表情はデフォルトだ)をしているアルトを上目遣いに睨みつけた。 怖くなんかないぞと言ったように睨み返してくるあたりが全く可愛くない。 ルカはこいつに何故かなついている。この男のどこがそんなにいいのか知らないが、アルトもルカには心を許しているようで、べたべた触ろうが抱きつこうがちょっとばかりきつい突込みをしようが、怒鳴らないし怒らない。殴ろうともしない。 もちろんルカにそんなことをすれば即、周囲から白い目で見られるだろう。第三者からすればどんなにルカが暴言を吐いたところで仕返ししようとする側がいじめているようにしか見えないからだ。 ルカ・アンジェローニという子供、いや男はアルトとは違ってとてもいい子だ。それに可愛い。天使のように愛らしいというのはこのことを言うのだろうか。 情報通でデータ分析にも長けており、オズマも他のSMSのメンバーも大いに頼りにしている。 電子戦を最も得意とし、彼のデータ分析を元に戦略を練るのだから、かっとなって敵に突っ込んでは機体を破損させて戻ってくるアルトに比べるとどちらが褒められるべきか簡単に分かるというものだ。。 素直で礼儀正しい。いつもにこにこ笑顔で、見る者を癒してくれるまさに愛玩動物だ。いやマスコットか。同じこと?マスコットの方が響きがいいではないか。 だが最近私は、このルカという人物は本当はものすごく計算高いのではないかと疑っている。たとえば制服の着こなしだ。 短パンだぞ。短パン。普通の十五歳は制服で短パンをはくだろうか。少なくとも三星に、他に短パンを履いている男子生徒はいないらしい。ミシェルが言っていたのでこれは本当だろう。 似合っているからいいものの、何を思って短パンなのかが知りたい。もし見る者に「可愛い!」と思わせるための罠だとしたら、彼の思惑はすばらしく成功している。 ついでに襟からのぞくフードもそうだ。あれをお洒落と呼ぶのか私には判断できないが、だらしない格好のアルトに比べたら微笑ましい。これも計算だとすると我々はとんでもない小悪魔の魔法にかかっていることになる。 さて、そのルカの様子が最近おかしいと気づいたのはどうやら私だけのようだ。 同じ学校に通っているアルトもミシェルも、特別ルカの様子を気にしているそぶりはない。さきほども普通におしゃべりをしながら偵察から帰って来た。だが私にはルカがいつもと違っているように見えるのだ。 彼はいつも笑顔を絶やさない。 それはいいが、このところたまに頬を赤らめにまにましている。 頬が赤いのも常に笑顔なのもデフォルトなのだが、私の目には<何かを思って><嬉しそうに思い出し笑いをしている>ようにしか見えないのだ。 たとえば、彼が愛する端末のモニタをのぞいているとき。 一体何を見ているのだろうと不思議に思うほど画面を見つめ、大きな目をきらきらさせてにやにやと笑っている。 これがミシェルだったら、何エッチな画像を見ているんだと叩いてやるところだがルカに限ってそれはないだろう。いや彼も健全な男子なのだろうが、どうもそういうところは想像がつかないのだ。私も彼の魔法に毒されているのだろうか。 だがたまに、ごくたまに頬杖をついて遠くを眺めつつため息をついていたりなんかするのだから、これは気になって仕方ない。恋煩いか、とも思ったが、その表情は切ないというよりやはり笑いを堪えているように見える。一体なにを思い浮かべているのか。 一度気になりだすと夜も眠れない。 私はルカとそれほど仲が良いというわけではない。 それでいくなら、ミシェルやアルトに比べるとSMSの同僚であるということくらいしか共通点はないかもしれない。それでも顔を合わせれば話をするし、食堂で一緒になると学校で起こったことなどを楽しそうに話してくれる。 新しく作ったプログラムについて説明を受けたこともあるし何より彼の情報収集能力はすばらしい。そういう点においては私は彼を尊敬している。 だが何か悩みでもあるのか、などと聞くには少々距離が遠いことも確かである。 なので、偶然見かけたアルトに声をかけたのだったが。 忘れていたが早乙女アルトはアホだった。 パイロットとしての腕は悪くない。顔もいい。 だが極度のニブチンである。周囲のことなど頭にない。 どんなに仲の良い友人のことであっても、彼または彼女が悩んでいたり怒っていたりしても気づかないのだろう。 なんて観察力の低い男だ。呆れてしまう。 それなのにこの男にルカがなつくのは何故なのか。 実は恋をしていたりして・・・と考えたところで気持ちが悪くなったのでそれは却下だ。いくらふたりとも顔が良くてもそれは勘弁してほしい。それにルカとアルトだと、どっちがどっちなんだ。いや何を考えているんだ私。くらくらしてきた。もうやめよう。 そう、とにかくアルトに聞いたのは間違いだった。 どんなに育ちがよくて顔が良くて操縦の腕が良くても、所詮ただのアホだった。 腹が立ったので、ふんっと鼻を鳴らして、三歩あとずさると大きくバイバイと手を振った。アルトは怪訝な顔をしたが、すぐに興味を失ったようにくるりと背を向けて、トレーニングルームの方へと走っていってしまった。 こういうところがアホだというのだ。もう少し、他のことにも関心を持てといいたい。 普通ならここで「ルカがどうかしたのか」と心配するところではないのか。友達がいのない奴め。 仕方ないので、私も方向転換をしてミシェルを探すことにした。アルトよりは百倍も役に立つだろう。 そうだ、ランカにも聞いてみよう。 最近仕事が忙しいらしくなかなか学校へは顔を出せないようだが、何か知っているかもしれない。 私はミシェルを探してSMSの建物内を移動しながら、ランカへメールをすることにした。 【ミハエル・ブランの証言】 ルカの様子がおかしい?よく見てるな。そんなに仲良かったっけ? 確かに最近やけに機嫌がいいって言うか・・・うかれている?そんな感じはするな。 でも任務中にミスすることもないし、悩んでるふうでもないからそんなには気にしてないよ。 何かいいことでもあったんじゃないのか? きょろきょろしながら歩いていると、探しものの方からこちらに向かってやってくるのが見えて私は立ち止まった。頭の後ろに手をやって、向こうもなにやら探しものをしている様子。 ぴんときて、私は彼を待った。 「アルトならトレーニングルームの方へ行ったぞ」 「うわ。何で分かったんだよクラン」 「おまえいつもあいつを探しているだろう」 ここ最近は、あいつが周囲を見回しながら歩いていて私と鉢合わせするとほぼ八十パーセントの確率で『アルト知らないか』と聞いてくる。まさか毎日のように鬼ごっこをしているわけでもあるまいな、と不思議に思う。 「そうかな。いやそれはいいんだけど。おまえは何してるんだ?ネネたちと一緒じゃないんだな」 「ふたりはまだ買い物から帰って来てない。それよりミシェル、おまえルカに何も聞いてないか?」 アルトよりは詳しいだろうと尋ねるが、やはりミシェルも何も知らないと怪訝な顔をしたのだった。 やはり私の思い違いだろうか。本人に確かめた方が早い気もするが・・・。 「どんなふうに様子がおかしいんだ?ちょっとあっちで話そうぜ」 そう言って、ミシェルは娯楽室の方を見る。まだ昼間なので人は少ないだろう。 普段は夕食後あたりから人が増え始め、酒を飲んだりテレビを見たり、賭け事で大騒ぎしたりと何かと喧しい。私はあまり行かないが、男連中はそうやってストレスを発散させているのだろう。 酒と女と賭け事くらいでしか楽しみを見出せないバカに興味はないが、可愛いとも思う。男はいくつになっても子供のようなものだ。 ミシェルだって、昔はあんなに素直で可愛かったのに最近はめっきり憎らしい青年になってしまった。 ジェシカの死後鬱屈した何かを瞳の奥に秘めているようにも見えるが、幼かった頃と違って、もう心の奥までのぞくことはできなくなってしまった。それが私には寂しい。 触れてはいけない部分が増えすぎて、距離が遠くなってしまった。 その触れてはいけないところに触れていい存在があるとすれば、もしかして、と思ったが私はそこで思考を止めた。悔しい。 言っておくが、アルトのことはアホでガキだとは思うが決して嫌いではない。奴の前では、ミシェルは素の表情をふいに出すときがあるからだ。気を許せる相手がいるのはいいことだ。 それがすでに私ではないことが気に食わないのだが。 誰もいない娯楽室のソファに座って足をぷらんとさせていると、ミシェルが紙コップをふたつ手に持ってひとつこちらに手渡した。こういう、抜け目のないところが女にもてる理由だろうか。きっとアルトはこういうところには絶対気遣いを見せないな。 「それで、ルカがどうしたって?」 「ああ、最近様子がおかしいような気がしてな。確かに何かいいことがあって浮かれているのかもしれないが、あいつの身の回りで何かあったか?」 冷たいジュースを飲みながら尋ねたが、ミシェルはコップを握ったまま首を傾げるばかりだった。 「うーん。やっぱり分からないな。ああ、よく端末をいじりながら思い出し笑いしてるけど」 「それだ!」 「どうせ何か新しいプログラミングでも試してるんだろう。あいつに限ってエロ画像見てにやにやしているなんてことはないだろうし」 「ああ、おまえと違ってな」 「何を言うんだクラン。画像なんかより実物の方が俺が好きだぞ」 「黙れスケベ!」 何故そういうことを平気でさらりと口にできるんだ。全く。 「いつからだ、機嫌が良さそうなのは」 「いつからかな・・・。ああほら、こないだアルトが隊長と大騒ぎしただろう?あの直後くらいかな」 「ああ、あれはおもしろかった」 ほんの悪戯心だったのだろう、アルトが居眠りしていたオズマの頬に落書きをして、SMS中を巻き込んだ追いかけっこをした事件だ。結局うやむやになって終結したが、私には詳しい事情は分からない。 アルトが風呂に入っているところをオズマが襲ったとか、キャシーがそれに嫉妬したとか、食堂のおばちゃんがアルトにだけ特別メニューを提供しているとか、いまいち信用性に欠ける噂ばかりが先行している。 「でもあれはもう落ち着いただろう。それにルカは直接関わってないし、やっぱり関係ないんじゃないのか」 「俺もそう思うよ。あ、そういえば」 「何だ!」 ぱちん、と指を鳴らして、ミシェルが斜め上を見つめた。 「SMS回覧の次の担当がルカだったかな」 「・・・・そんなことか」 回覧といっても、資料室の開放時間延長のお知らせとか、今月の食堂メニューとか、新人隊員の紹介とか、新聞のようなものだ。 「ルカが担当っていうことは、何か新しいデータ解析についての記事でも頼まれたんだろう」 「だろうな」 そんなことでウキウキするはずもないし。 結局のところ、何も分からないままだ。 PR |
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さて、諸君らは覚えているだろうか。
以前、ルカ・アンジェローニによるアルトの写真疑惑件、とある行き過ぎた整備員によるオズマ少佐への掲示板及びバルキリーへの行き過ぎたいたずらの事件を… 私、クラン・クランが、ルカがちょっとおかしいぞ…と言う事に気づいたところから始まり、何故かそれはくだらなくも妙な事件へと発展していった、あの事件だ。 覚えていない奴は、今すぐ見返してみるがいい。 私の活躍ぶりもしっかりと拝める事であろう。 ――って、そうじゃない。 とにかく、覚えているのなら話は早いし、覚えていなければまずは事件を見返すところから始まると思うが、ここでは覚えている事を前提に話を進めさせてもらうとしよう。 さて、その中で。私もすっかりさっぱり忘れ去っていたのだが、とある隊員がオズマを呼び止めたことがあった。 『ああ、オズマ!おまえ大変なことになってるぞ』 『バルキリー?いや違う…』 『いいのか…?』 あの時は、あの隊員がなにを言いかけていたのか気になったものだが、整備員のあれこれや、メモリスティックの写真についてやらと、色々立て続けに起こったものだから、頭の中からきれいさっぱり消えてしまっていたのだが…… あれから三日後。隊員の話を、あの時きちんと聞いておくべきだったのだと――私達は思うことになる。 …あ、訂正。 私達が、ではなく、オズマが…が、正しいかもしれない。 それは、昼休憩のことだった。 大学も休みで、私は朝も早くから訓練に精を出していた。 身体を動かすと言うのは実に気分のいいものだ。 ネネやララミアを従え、私は心地よい疲労と空腹を抱え、食堂へと足を運んだのだった。 今日はB定食にでもしよう。エビフライがついてくる。 うきうきわくわくと、衝動に入り、おばちゃんたちからB定食を受け取り、三人でテーブルに着いたときだ。 後ろのテーブルが騒がしい事に気が付いた。 彼らはなにやら端末をいじっており、それを覗き込んで騒いでいるらしい。 エロサイトでも覗いているのだろうかと、一瞬顔をしかめたが、まぁ、まさかこんなところで白昼堂々それもあるまいと思い直し、 私はエビフライにフォークをつきさした。 衣はさくさく、相変わらずおばちゃんのごはんはおいしい。 そういえば、うちにもう一人料理上手がいたなぁなどと、はむはむもぐもぐ。 実に平和だった。 その会話を聞くまでは。 「なぁ…本当に…あの人がお姫さんを…?」 「だって、あれ、直ぐに消えちまったけど、あの人の名義だったじゃないか!」 「でも、デマだったって噂もあるぜ?」 「けど…あの人がシャワー室でお姫さんを襲ったのは――」 むぐ。 私はその会話の内容に、エビフライを詰まらせた。 お姫さん。 それはこのS.M.S内において、たった一人を指し示している。 アイツ以外に、S.M.Sで呼ばれている人間などありえない。 早乙女アルト。 顔だけは綺麗だが、口を開けばかわいくなどない。パイロットとしての腕前はよろしいものだが―― 基本は極度の鈍さを誇るフラグクラッシャーである。 …いや、有る一部ではフラグミサイラーかもしれない。 このS.M.Sでもアルトのファンだと言う男達は数知れない。 何故か女性ファンよりも男性ファンが多い事は本人には秘密である。 知られれば、キレて怒って手がつけられなくなるし、本人に迷惑をかけていないのならそれらは個人自由だ。 ファンだとのたまう事自体は別に悪くはないのだから。 多分、後ろのテーブルについているのは、そのお姫様のファンなのだろう。 とすれば、見ているものはあの中尉がもっていた、回覧メモリなのかもしれない。 まだ現存していたのか。 あの犯罪すれすれのメモリスティックが。 それは後々厳重に注意すればいいとして、今はどちらかというと会話の内容が気になる。 なんだか不穏な雰囲気を感じるのだ。 私は、野菜サラダをつつきながら、こっそりひっそり耳を立てた。 「でも、本当にあの人がこんな事をしたのか?」 「けど、あの人には前科が有る。お姫さんをシャワー室で押し倒したって前科がな」 「うーん…でも、オズマ少佐だぜ?寝てもさめても義妹の事ばっかの、あの人が…アルト准尉をどうこうしようだなんて…」 ぶっ!!! 「お、お姉さま?」 「げほげほっ…な、なんだ…と?」 思わず野菜サラダを噴出してしまった私は、思わず後ろを振り返った。 すると、あっと、気まずい顔をしている男達と目が合った。 私は一瞬どうしたものかと思ったが、ここまで聞いては放っておけない。 そもそも、あの事件はきちんと方がついて終息したはず…なのだ。 「…ん?」 …と、そこで、私はふと、重大な事に気が付いてしまった。 そうだ。 確かに、あの事件は方がついた。 『私達当事者』にとっては、だ。 だが、あの回覧をうっかり開けてしまった一部の人間は、その情報を知らないのではないだろうか。 あの後、あの回覧は偽装である事を記載したメールが回されたが―― あのメールをでまかせととる人間だっていないわけではないのかもしれない。 それに、人間とは常々ゴシップが大好きだ。 その真偽を問うことなく、楽しければ万々歳と言う人間だっていないわけではない。 つまり――あの回覧の事件はまだ完全に鎮火したとは言いがたいということだろう。 あの整備員のように、あのシャワー室事件のことだって根に持っている奴がまだまだいるのかもしれないし。 そういったやからが、整備員のように動いているのかもしれない。 私は立ち上がると、固まっている男達の前へと進み出た。 これは放っておいては、第二の事件がおきてしまう! 「お前達、その話はどこから回ってきたのだ!」 ひっ、と、怯えた男達はあっさり事のすべてを自白した。 実に軟弱な奴らである。 要は、これがあのすれ違った隊員の『オズマが大変な事になっている』の真実である。 つまり、あの時すでに、あの回覧の内容はごく一部ではあるが開けられており大騒ぎになっていたのだ。 そういえば、談話室を通りかかった時にあの隊員に出会ったのだった。 談話室にはたくさんの人がいた。 彼らもあの談話室にいたらしい。 ならば、あそこから広まった可能性は高い。 私は急ぎ、あの隊員を探す事にした。 もしかしたら、あの隊員はもっと大事な事を…伝えようとしていたのではないかと思ったからだ。 その隊員はあっさり見つかった。 談話室に足を運ぶと、暢気にコーヒーをすすりながら端末を弄っているのを見つけた。 ちらりと見ただけだったが、間違いない。 私の目はミシェルには劣るが、いい方だ。 記憶力だって伊達ではない。 隊員は私に気づくと慌てて敬礼をし、何か?と首を傾げていた。 まぁ、そうだろう。私が誰かに用件があるということは実に珍しい事だからだ。 「すまないが、この間の…オズマのことについてなのだが」 「この前の……あ!あの、回覧の…」 「そうなのだ!あの時は私達も急いでいて話を聞く事が出来なかったのだが、ちょっと気になってな」 「多分、今頃もっと大変な事になってるんじゃないでしょうか?」 「…どういうことだ?」 私は首を傾げた。 もっと大変な事。それは今の状況の事ではないのだろうか。 隊員は、困ったように笑った。 「あの時、談話室にいたのは、俺達だけじゃなくて…実は早乙女准尉もいたんですよね…」 「……な!?」 まさか、まさか、まさか!? 私は顔が引きつるのを抑え切れなかった。 「だから、大変だって言ったのに…皆、俺の話、聞かないで…行ってしまうし…」 「いや、それは、すまん」 「あの時は一応フォローしたんですけど、また騒ぎになり始めてますし…多分、准尉――あの時もすっごく怒っていたんで…今頃、怒鳴り込んでいる頃では?」 そう、か。 これが、この隊員の言う『大変な事』だったのか。 一番知られてはまずい人間に知られてしまった。 そういえば、なんか三日前から、アルトの奴、機嫌が悪いような気がしていたが――なるほど、納得した。 一応彼のフォローがあって、黙っていたようだが――噂になり始めた今、フォローの効力など皆無だ。 プライドそのほかもろもろを傷つけられたアルトがぶち切れ、怒鳴り込むのは時間の問題と言えよう。 仕方がない。 私はとぼとぼと歩き始めた。 一応事実を知るものとして、オズマに忠告しに行ってやろう。 もしも既に怒鳴り込んでいるようなら、ミシェルと一緒に止めなければ。 …いや、そもそも既にミシェルがフォローしているのではとも思ったが―― 「姫っ!考え直せ!だから何度も言うが、あれは誤解なんだって!」 「離せっ、あんにゃろっ、死なすっ、絶対に死なすっ!あんな事する人だなんて、見損なったぜ!」 「だからあれは、隊長がやったんじゃなくて…」 「いいから離せ。ミハエル!!俺を行かせろ!」 「それ、別な時に違う意味で聴きたい言葉だな~…って、落ち着けアルト!」 …どうやらぜんぜんまったく持って、聞き入れられていなかったらしい。 オズマの部屋の前で、攻防を繰り広げる二人を前に、私はやれやれと肩を落とした。 どれ、声をかけて私も加わってやるか。 おい、アルト。 そう声をかけようとしたそのときだ。 あの男はなんて運が悪いのだろうか。 アルトではなく、この事件の中心人物である男のことだ。 こんな事件に巻き込まれ、あまつさえ、妹にはさんざん責められ一部からは恨みまで買ってしまい。 そのすべての原因がアルトにあるのに、その罪すらも押し付けられている男。 「うるさいぞ、お前ら!人の部屋の前でなに騒いで…」 「…あちゃー…」 思わず額を押さえたミハエルの心情は、私と同じであろう。 ――なんで出てきたんだ、この人は。 ぎろりと、アルトが出てきた男――オズマをにらみつけた。 身長差が、十センチも有るため、上目遣いで睨みつけているのが、ちょっとばかり迫力に欠けている。 それでも綺麗な男が睨む姿は絵になるものだ。 「な、なんだ、アルト。その顔は…」 「隊長にお尋ねしたい事があります」 「あ?なんだ?」 「先日の回覧の事です」 「回覧?」 どうやらオズマは三日前の事だと言うのに記憶にないらしい。 忘れたいほどくだらないことではあるので、気持ちは分かるが、ボケるにはまだ早い年齢ではないだろうか。 うーんと唸るオズマに焦れたのは、アルトだ。 「俺の写真が乗った回覧です!アンタが書いた!!」 あぁ、やっぱり誤解しているらしい。 その言葉でようやく思い出したらしいオズマは慌てて、違う!と首を横に振った。 もちろん、頭に血が上っているアルトが納得するはずがない。 「証拠はあるんですか!?証拠は!」 「証拠って…この間ちゃんと、あれは偽装だってメールが届いただろうが!」 「口ではなんとでもいえます。本当に、アンタじゃないのか?」 「理由がねぇだろ、理由が!何で俺がお前の裸なんか撮って乗せにゃならんのだ!」 「……」 「信じろよ」 「………」 「いや、本当に、俺じゃない。俺は潔白だ。まっさらだ」 「…………」 「いや。そりゃ、色々あったが…そりゃ…まぁ、あの時はちょぉぉぉっと、男として微妙な気分だったが、断じてお前に不埒なことをしようなんて事は思ったことはない!銀河くじらに誓ってないぞ!」 じとーっとした目でオズマを見つめるアルトは、信じ切れないでいるようだったが――それでもちょっとは心が動いているのだろう。 たしかに、オズマにはそんなことをする理由がないのだから。 けれども、オズマではないという証拠がないのも事実だった。 これでは、私やミシェルが口を出したところで、アルトは信じまい。 オズマがやっていないという証拠はない。 オズマがそんなことをする理由もない。 ならば―― 「オズマがそういうことをしているという証拠を探せばいい。逆に見つからなければオズマの身の潔白は証明される」 「なるほど、いい考えじゃないかクラン。要は家宅捜索だな」 私の提案にミシェルは、クランにしてはいい事を言うと、褒めているんだか貶しているんだか良く分からない事を呟いた。 「か、家宅捜索ぅ!?」 「別に見られて困るものはないでしょう?アルトもそれで納得する…いいな?」 「………わかった、それでいい」 ようやく折れてくれたらしいアルトは、渋々といったふうではあるが、それて手を打ってくれるようだ。 そうなれば、オズマも了承せざるを得ないだろう。 アルトがその方法で納得したのだ。 これで身の潔白が証明されるのであれば、受け入れない手はない。 受け入れないと言う事は、つまり、自分にやましい事があると言うようなものだからだ。 「くそっ…その代わり、俺も立ちあうぞ!」 「勝手にどうぞ。俺も勝手にします」 ばちばちと睨みあう二人はまるで、親子喧嘩かなにかをしているかのようだ。 私とミシェルも手伝う事を決め、こうしてオズマの部屋の家宅捜索ははじまったのだった。 オズマの部屋の家宅捜索は実に楽しいものだった。 他人の部屋をあれこれと探り、ひっくり返し、まるで警察の気分だ。 「あ、これ未処理の書類!隊長~、知りませんよ~?」 「これは…期限切れのチケットだな。誰と行くつもりだったのか…」 「……ちっ、何もないか。処分したんじゃないでしょうね?」 がらくたから、思い出の品まで色々と出てくる出てくる。 よくぞこの狭い執務室の中に溜め込んだものだ。 「あ、エロ本発見。隠し場所がベッド下っていくつですか…」 「男なんてそんなものなのだな」 「……最低」 「見るなっ!つーか、アルト!最低とはなんだ!お前も男なら分かれ!」 くそう、なんで俺がこんな目に、などと呟いている男は放っておいて、私達はおもしろおかしく、家宅捜索を続けた。 もちろん、私もミシェルも事の真相を知っているので、何も出てこない事は知っているが。 知っているからこそ、おもしろいのだ。 キャシーとの思い出の品をからかい、オズマの私物にけちをつけ、未提出未処理の書類を黙っている代わりの取引をしたりと、騒がしく。 しかし、何も出てくるはずがない。 アルトも諦めつつあるのだろうか。 ちらちらとオズマを見ては、疑いの視線からなんだか申し訳なさそうな表情が浮かび始めていた。 このまま、何も出ず、アルトも納得してくれればいいのだが―― 「あとは、パソコンのデータとメモリスティック、ディスクだけですね」 「おい、こっちは色々あるからな。見せられるものと見せられないものが…」 「見せられないものって、なんですか?俺には見せられないと?」 「だーかーら!俺にだってな、仕事上お前らには見せられない機密があるんだ!」 「……まぁ、信用してもいいですけど」 ふん、と顔を逸らすかわいくないアルトは、それじゃあと、一つのメモリを手に取った。 それは、なんだか見たことの有る、子供用菓子のおまけシールが貼ってある。極秘とかかれた。 ん?あれ? なにか重大な事を私は忘れているような気がする。 またしても、とてもとても、大切な事だ。 ちょっと思い出さないと、余計事態が悪化するような――そんな……… 「あっ!!」 「あああああ!!!」 私とミシェルの声が同時に響いた。 だが、時は既に遅し。 アルトはそれを端末に差込、どうやら覚えていないらしいボケているオズマは、平然とし… 私とミシェルはこっそりと、部屋を出た。 もう、だめだ。 私達ではフォローしきれまい。 その憶測は大当たりで。 『な、なんだこれは!!!!』 『や、やっぱり…っ!アンタの仕業かああああ!!!』 『ちっ、違うっ!俺じゃ…って、あああ、それはっ、あの中尉から預かった……しまった、処分し忘れて…』 『処分!?そうして証拠隠滅を図ろうと……っ!』 『違う、誤解だっ!俺は断じてそんな盗撮なんか…』 『……さいってー…変態…っ!人権侵害で訴えてやるっ!』 『だから俺じゃないっ、俺じゃ…っ、あ、こら、まてアルトっ!何処に電話を…いや、本当に俺じゃないっ、俺じゃないんだっ!これはたまたま見つけて取り上げただけで、俺のものじゃねぇっ!つーか、何で俺がこんな写真を持ってなきゃなんねぇんだ!これで俺がなにをしたと!?持っていて意味なんかねぇだろうが!』 『逆切れですか…ふーん…俺の写真でナニしていたんだかは追求しませんけど…』 『してねぇよ!できるか!』 ぎゃあぎゃあ、わーわー。 大騒ぎだ。まるで痴話げんかのようだ。 どったんばったん。 なにやら手まで出はじめたようで―― 「帰るか」 「…そうだな」 私達は、触らぬ神にたたりなし、を決め込んだ。 もう、なんかかかわるのも疲れた。 どうにでもなればいい。 もういっそ、ホモでもなんでもいいじゃないか。 別に私に害があるわけじゃないし。 ミシェルはなんだか複雑そうだったが――アフターケアはこいつがやってくれるだろうから、私はとりあえず、もうかかわらない事を心に決めたのだった。 その後――アルトの誤解は解けなかったらしい。 アルトは怒り、騒ぎ、結局は、白も黒もはっきりせず事件は終わった。 その代わり、大人らしく一歩引いたらしいオズマが、暫くの間、お詫びと称してアルトを外食へと誘い、ご機嫌取りをしている姿が見られた。 その姿はまるで、アルトの気を引こうと必死な男の姿に見えて、一部ではまた『オズマ隊長がアルト姫にご執心らしい』などと囁かれ始めている。 さらにそれが、アルトファンの火種になるとは知らずに、アルトがその事を忘れる日まで、オズマのご機嫌取りは続いた。 知らぬは本人達ばかりなり、である。 【完】 |
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アルトは作ってもらった弁当を片手に、格納庫へ向かうことにした。
自分の機体は今整備中だが、コクピットに入ってしまえば見つからないと考えたのだ。 忙しそうに仕事をしている整備士たちを横目で見ながら周囲を見回し、そっと機体に近づく。 「ん?オズマ隊長んとこの姫じゃないか。どうしたんだこんな時間に」 ひとりの整備士がドライバを器用にくるくる回しながら声をかけてきた。 いつも通り、「誰が姫だ!」とお約束の反応をしてからはっとして口を覆う。あまり騒がない方がいい。 「コクピット入ってもいい?」 「はあ?何言ってるんだ。ダメだダメだ。今整備中なんだから、邪魔になる」 「そこを何とか!」 「今はダメだって。あと三時間くらいで終わるからそれからにしろ。だいたい何するつもりだおまえ」 「ここで寝ようかなって」 「・・・・・・お姫さまはお部屋へお帰りください」 「・・・ちっ。オズマ隊長がきたら、俺のことは見かけなかったって言ってくれよな!絶対だぞ!」 ぐいっ、と背伸びして顔を近づけるアルトに、整備士の男はかすかに頬を染めて、迫力に負けたのかそれともほかに反論できないなにかがあるのか、小さくうなずいた。 いい匂いがする。どこか懐かしい味噌汁の匂いだ。ご飯と味噌汁は三食欠かせない、そう信じて疑わないオズマである。 格納庫で整備状況をチェックし、なぜか普段に比べて無口な整備士と二、三点検の確認をしたのちにがやがやと騒がしい食堂へ足を踏み入れたオズマは、中央のテーブルに人だかりができているのに気づいた。何をしているのかと声をかけようとしたところで、人だかりの中のひとりがこちらに気付いて顔を歪める。 眉をひそめて口を開こうとした瞬間、風船が破裂したような爆音が響いた。 正確には爆音ではない、失神しそうなほどの笑い声の合唱である。 面喰ってぽかんと立ち尽くすオズマの様子に、彼らは死にそうだと顔を赤くしたり青くしたりしながらげらげらと笑った。ついには腹を抱えて床に倒れ伏すものまで続出し、食堂は騒然となる。 「なっなんだ貴様ら!人の顔見てけたけたと・・・」 「いや、オズマおまえ、ふはっ」 失礼なことに、人を指差しながら同僚はセリフの途中で耐えられずに吹き出した。目に涙を浮かべている。 かちんときて、オズマはずんずんと彼らの方へと歩いて行った。人だかりの中央にあるテーブルに、一冊の本が置いてあるのが目に入る。 「そ、それは」 さっきちらりと目にした『銀河の愛は一畳半』が物々しく鎮座している。 「おまえこんなもの読むのか。しかもご丁寧に自分の名前まで書いて」 「はあ?」 なんのことだ、と、この中では最も冷静なカナリアに向かって尋ねる。 カナリアは本を手に取りぱらぱらとめくって、最後のページを開けた。そこには筆書きで、大胆に『オズマ・リー』の文字。 ぎょっとしてのぞきこむが見間違いではないようだ。 「んなっ、」 これはキャシーに借りたものだ。なぜ自分の名前が書かれているのか。それにこの、やけに神経質な文字には見覚えがあった。 本の所有者キャサリン・グラスその人の筆跡である。 これを借りたとき、確かにオズマは中身を確認することもなくほったらかしにしていたので、はじめから彼女がこれを書いて自分に貸したのかどうかは不明である。 しかもなぜこんなところに置いてあるのか。 確かこれを持っていったのはアルトだ。あいつがここへ置いて行ったのだろうか。 「おまえこんな趣味があるんだな」 「違う!これは借り物で」 「借り物に自分の名前を書くかあ?ま、見かけによらず乙女趣味ってことだな。ぶわっはっはっは」 「いやーさすが色男。今日は特に男前じゃないか」 「ぷぷぷっ。少佐、自分の趣味をそんなおおっぴらに主張しなくても、ぶふぅーっ」 部下にあたる後輩までもが爆笑する。 「なんだ趣味ってのは!その本は俺のじゃなくてだな、」 「どうしたんだオズマその顔は」 「顔ォ?」 よく見ると、冷静かつ良き相談相手であるカナリア・ベルシュタインさえも微妙に頬をひきつらせている。 これにはさすがのオズマも不安を覚えた。 「いや、虫に刺されたか、痒いんでこすってたんだが・・・赤くなってるか」 「そうじゃない」 呆れた顔でぞんぞいに否定され、小さな手鏡を渡される。 カナリアがそんなものを常備していることに驚いて目を見開くと、冷やかに睨まれて咳ばらいをした。 そっちだ、と指摘された左頬を映してみる。 そこには憎らしいほど太い黒文字で、 『シスコン』 と、簡潔な悪口が書かれていた。 「・・・・・・・・・・・・!!あぁぁんんんのクソガキィィィィ!!」 顔を怒気で真っ赤に染めて、拳をぎりぎりと握った。脳裏に浮かぶ、女のような顔をした男のしたり顔。 「ぶっ殺す!!」 怒鳴ると、素早く身をひるがえして食堂を出て行こうとしたが、ふいに足を止めた。 ポケットから印籠型の携帯をとりだしてコールする。 『はい』 「ミシェルか。アルトはどうした」 『さあ・・・。外へ食事に出ると言っていたような』 「そうか。もし見かけたらすぐ俺に連絡入れろよ。隊長命令だ!」 『イエッサー』 なんともやる気のない返答に脱力しながら通話を切る。 ふと、この優秀かつ最も頼りにしている部下ははたして自分を本当に慕ってくれているだろうかと疑問に思ったが、いまは置いておくことにしよう。
「おばちゃん!弁当ひとつ頼む!適当に詰めてくれないか」 |
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「・・・早乙女准尉、入ります」
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何でいつもこうなんだ。
テーブルに頬杖をついて、アルトは嘆息した。 周囲では隣の席の人間の話し声すら聞こえないほど騒がしく、店内に設置された大型テレビからは延々とランカの歌声が流れている。 そうかと思えばいつの間にやらできていた店のこじんまりとしたステージではシェリルがマイクを手放さず、踊りながら「私の歌を聴けぇぇぇぇ!!」をすでに三十回ほど繰り返していた。当然三十曲は歌っている計算になる。毎回叫ぶ必要はないと思うのだが、おそらくすぐ近くのテーブルに置いてあるグラスの中身がなくならないことに原因があるように思える。 ステージを囲むようにして大柄な軍人や女性陣が踊りをトレースしつつ野太い歓声を上げ、これもまた中華料理屋になぜあるのか疑問は尽きないが天井のミラーボールがくるくる回ってもはや何が何やら分からない。 すでに店に入って早四時間が経過していたが、騒ぎはさらにヒートアップしていく一方だった。 さっきまで同じテーブルに座っていたルカはバイトの勤務時間を終えたナナセと一緒に別のテーブルで熱心にお絵かきっこをしている。ナナセは真面目にランカの衣装を考えつつ、デザインをルカに見せているようだが、ルカはにこにこしながらすべてのナナセの意見を肯定するだけで、たまに渡されたスケッチブックに理解不能な数式やとぐろを描いては無駄に鉛筆の先を減らしていた。 さて、ミハエルは、というと。 アルトは小さく首を動かし後ろを見てから、すぐに前へ向きなおりおもしろくなさそうにウーロン茶を煽った。 すぐ後ろのテーブルで、やたらいい声のミハエルが数人の女性陣とおしゃべりをしている。 「そうそう。花言葉の起源は英国のエリザベス朝からヴィクトリア朝にかけて発展したと言われているんだ。ちなみに365日あるんだよ。さて、今日は何でしょう?」 「え、そんなにあるの?ミシェル君は物知りだよねえ」 「でも誕生日の花言葉があるんだから、確かに365日あるに決まってるわね」 「そうか。そう言えばそうね」 三人のオペレータ娘に囲まれ、ミハエルはにこにこしている。 (楽しそうで何よりだな) アルトは、ひとつの疑惑を持っていた。 それは三人娘のうちのひとり、ラム・ホアについてだ。 最近、SMS内でラムとミハエルが一緒に食事をしたり廊下で話しているのをよく目撃するようになった。 カップルのような甘ったるい雰囲気ではないし、ミハエルが女性と仲良くしているのを見るのは日常茶飯事だ。 だがアルトは何となく引っかかるものを感じて気が気ではない。 だいたい、オペレータとパイロットは任務中はともかく、日常では特に接点がない。 彼女たちはいつも三人でいることが多いし、年上である。男子高校生の自分たちとは生活の仕方が違うのだ。 なのになぜこうもたびたび二人でいるところを見るのか、不思議で仕方ない。 というより、ミハエルの行動を気にしている自分が嫌だった。 ちっと舌打ちしてもう一度溜息をつくと、目の前に赤い液体の入ったコップが置かれて顔を上げた。 「機嫌悪そうねえ」 「グラス中尉」 キャシーはにこりと笑って、アルトの隣の椅子を引いて座った。 もう片方の手に持っていた自分のグラスを置いて、赤い唇を引き上げる。 「どうしたの?つまらない顔してる」 「中尉こそ何やってるんですか。隊長は?」 「あっちで潰れてるわ」 仕方ないわね、と呆れたように見る先には、テーブルにうつぶせて眠りこけるオズマと、背後で何やら怪しいオーラをだしているボビーがいた。 逃げてぇぇぇ、と思ったが、おもしろいので放っておくことにする。 せめてキャシーがボビーを追い払えよと思ったが、彼女は興味なさそうだった。 ある意味一番ボビーを信頼しているのかもしれない。 オズマではなくボビーを、というところが少々複雑であるが。 「やきもち?」 「はぁ!?」 ずばっと切り込んでくるキャシーに、アルトはのけぞって声を上げた。 よく見ると彼女の頬は赤く染まっている。 完全に酔っぱらっている。 嫌な予感がして逃げようと腰を浮かしたが、素早くキャシーに腕をつかまれた。 ぎしぎしと骨が痛む。 「折れる!折れる!痛いって!!」 「まあまあ。お姉さんに相談してごらんなさいよ」 「いや結構です」 「彼のことでしょう?最近仲いいのよねあのふたり」 と、盛り上がっている後ろのテーブルをちらっと目で指した。 「……中尉もそう思う?」 「思う。こそこそ相談してるみたいよ。いやらしいわねえ」 「いやらしいって……」 サアッと血の気が引いて行くような気がした。 ミハエルが女好きなのはもう仕方ない。病気のようなものだと諦めている。 それでも彼は、真面目な顔で言ったのだ。 『俺が好きなのはおまえだけだよ、アルト』 もう数え切れないくらいその言葉を疑っては一方的に喧嘩をしたりもしたが、それでもアルトはミハエルを信じていた。 いつだって彼は優しい。 アルトは決して女の代わりではないのだから、もう女は抱かない、と彼は宣言した。 矛盾しているようで実は真摯な告白である。 だがキャシーの目から見ても疑わしいということは、やはり何かあるのだ。 こういうときの女性の勘は無視できないものである(と矢三郎が言っていた)。 「あいつ……」 確かにラムは魅力的だ。多少毒舌がすぎるときもあるが、とても可愛らしいし、媚びない性格は男女双方から支持されることが多いだろう。 いつの間にかうつむいてテーブルの染みを指でなぞっていたアルトに、キャシーは年上の女性らしく、ぽんと肩を叩いた。 「今日は飲みましょう!飲んであんな男捨てちゃえばいいのよ!」 よく分からないが、ノリと勢いに負けて、アルトは差し出されたコップを握りしめ、一気に赤い液体を煽った。 トマトジュースかと思っていたが、甘ったるいそれはアルコールだったらしい。
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